Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー

【連載:どんなクルマと、どんな時間を。】
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?

カメラマンにとっての仕事道具である車選びには「哲学」がある

中井精也さんは「鉄道写真」という分野の第一人者として活躍する写真家である。

「ゆる鉄」や「1日1鉄!」といった、これまでの鉄道写真にはなかった斬新な手法や表現によって、鉄道ファンにとどまらない幅広い層からの支持を得ている。

たくさんの機材を抱えて移動するプロカメラマンとって、車は仕事道具のひとつといってもいい。ワンボックスやワゴン、SUVなど、カテゴリーは人それぞれだが、多くのカメラマンは経験に基づいた車選びの哲学をもっている。もちろん鉄道を撮るために日本全国を駆け回る中井さんもその例外ではない。
 

Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー

愛車は1976年から1981年まで生産されたスズキ ジムニー。通称SJ10と呼ばれるモデルだ。中井さんが乗るのは中でも最もスパルタンな幌/キャンバスドアの仕様。

この頃のジムニーのスタイリングは小型四輪駆動車の原点ともいえるジープを模倣した武骨なものだが、現在の軽自動車と比べ、ボディサイズはかなりミニマムである。

ビキニトップ(日除けのための簡易的な屋根)を装着して取材場所に現れた中井さんの額にはすでにたくさんの汗。もちろんSJ10にクーラーはない。

「快適性より、移動しながら『旅』を感じられるか否かが僕の車選びの指標なんです。このSJ10は約5年前に購入し、いまも取材車としてガンガン実用しています。身近なロケーションでも非日常感を味わえるところが気に入ってますね」
 

実質19~21馬力ほどしかない古いジムニーが仕事の相棒

Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー

正直、SJ10の動力性能はいまの車とは比較にならないほど劣っている。550㏄ 2ストローク3気筒エンジンの最高出力は何とたったの26馬力。しかも当時のカタログ値はエンジン単体で出力を測定するグロス値表記であったため、現在のようにネット値表記に換算するとその数値はさらに低くなる。

筆者は以前、SJ10の出力をダイナモで計測したショップの話を聞いたことがあるが、19~21馬力あたりが真の実力とのことだった。250㏄オートバイ並みかそれ以下である。

「僕の基準では高速道路を時速80~90㎞で巡行できれば取材車として合格です(笑)。実際に、このSJ10で埼玉県から山形県の酒田市まで自走したこともありますよ。トラブル? 燃料ポンプなど消耗品を交換した以外は特にないです。じつはメカのことはさっぱりなのですが、長年ヘンテコな車ばかり乗っているので何となく直感で分かるんです。『コイツはいける』とか『こいつはダメだ』とか。このSJ10は当たりだと思います(笑)。一応もう1台エアコン付きの車も所有していますが、そちらはラーダ ニーヴァというこれまた40年以上も前に設計されたロシア製の四輪駆動車です」

SJ10とラーダ ニーヴァ……車好きを自称する人でもここまで大胆なラインナップはそうそうないに違いない。若い頃に50㏄バイクで北海道一周したこともあるという中井さんが求める旅とは、きっと「冒険」に近いニュアンスだろう。愛用のカメラ、「ライカ M10-Pサファリ」も旅のロマンをかき立てるところが魅力だという。

「僕は昔から『スタスキー&ハッチ』や『刑事コロンボ』『ルパン三世』のように乗り手のキャラクターを車で強調する作品が大好きだったんですね。だからこのSJ10も自己演出のひとつだと思ってます。これまでも三菱 ジープやランドローバー ディフェンダー、フォルクスワーゲン ヴァナゴン・ウエストファリア、軽トラベースのキャンピングカーなど、個性的な車に多く乗ってきました」
 

たった時速40kmで非日常の世界へ! 仕事も運転も「楽しい」が一番

Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー

中井さんは「これがまた気持ち良いんですよ~」と言いながらビキニトップとフロントウインドウをたたみ、筆者を助手席に案内してくれた。

上半身がそっくりむき出しのため、シートベルトをしていても、どこかに捕まっていなければ振り落とされそうな不安感がある。走り出すとスピード感はかなりのものだ。

笑顔がひきつり始めた頃合いでメーターをのぞき込むと、メーターは時速40㎞を指していた。

「楽しく写真を撮るというのが僕のポリシーなんです。だから、いい年したオジさんがこういう車をニコニコ運転しながら働く姿をたくさんの人に見てもらいたいですね。最近はほとんど休みが無いのですが、まったく平気。遊びながら仕事を、仕事をしながら遊んでいます(笑)」

中井さんのガハハという豪快な笑い声は風にさらわれて、あっという間に後方へと過ぎ去った。
 

Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー ▲SJ10は1975年に道路運送車両法が改正されたことを受けて登場。従来の360㏄ 2気筒エンジンから550㏄ 3気筒エンジンに変更され、ボディサイズも大型化した。「ジムニー55」というのは当時の愛称だ
Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー 鉄板むき出しの簡素なメーターパネル。中井さんのSJ10は内外装ともサンドベージュに塗り替えられている
Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー ▲軽量コンパクトでシンプルな構造の2ストロークエンジン。燃料供給はキャブレターにより行われ、オフロードカーらしく低速トルクを重視した扱いやすい特性に仕立てられている
Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー ▲中井さんが愛用する「ライカM10-Pサファリ」はM10-Pをオリーブグリーンのペイントで仕上げた特別限定モデル。エナメル焼き付き塗装により、汚れや傷、化学薬品や紫外線にも強いという
Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー ▲スタックから脱出する際に使うスコップ……と思いきや何と大きな木製スプーン。結婚式のファーストバイト用のものだとか。あまりミリタリー色が強くなりすぎないよう適度に冗談めかすのが中井さんのスタイルだとか
Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー ▲SJ10は5年にわたって生産されたが、その間に3回の改良が行われている。中井さんの愛車には、3型まで採用されたゴム製ポンプによる手動式ウインドウウオッシャーが装備されている
Photo:阿部昌也 スズキ ジムニー ▲中井さんは「今日は天気がいいからもうちょっと撮影しようかな」と言って、きれいな夕日と鉄道を追って走って行った
文/佐藤旅宇、写真/阿部昌也
佐藤旅宇

インタビュアー

佐藤旅宇

オートバイ専門誌『MOTO NAVI』 、自転車専門誌『BICYCLE NAVI』の編集記者を経て2010年よりフリーライターとして独立。様々なジャンルの広告&メディアで節操なく活動中。現在の愛車はスズキ ジムニー(81年式)とスズキ グランドエスクードの他、バイク2台とたくさんの自転車。