ポルシェ 911 ▲2世代前のポルシェ 911である997型に設定されたターボモデル「911ターボ ティプトロニックS」。写真はロペライオ練馬が販売する2006年式で、車両価格は855万円

今のうちから注目しておきたい「近未来の名車」を探せ

こちらは9月27日発売の雑誌カーセンサーEDGE 11月号に掲載された、自動車評論家・永福ランプ(清水草一)さんの人気連載「NEXT EDGE CAR」の、担当編集者から見た「別側面」である。まぁアナログレコードで言うB面のようなものと思っていただきたい。

なお「NEXT EDGE CAR」というのは、「今現在はまだ名車扱いされていないが、近い将来、中古車マーケットで名車または名品と呼ばれることになるだろうモデルを探そうじゃないか」というのが、そのおおむねの企画趣旨である。

今回の題材は、ドイツが誇る世界的スポーツマシン「ポルシェ 911ターボ ティプトロニックS」の2006年モデルだ。

結論から申し上げると、ティプトロニックSの997型911ターボは「比較的現実的な予算でスーパーなカーが欲しい」と考える人にとって最適な選択肢のひとつではないか――と筆者には思われた。

そう考える理由を述べる前に、997型ポルシェ 911ターボという車の概要をさっとおさらいしておこう。
 

ポルシェ 911▲ポルシェ 911の伝統である5連メーターの中で、得も言われぬ存在感を放っている「turbo」の文字。1970年代から続く超ハイパフォーマンスモデルの証しである

最高速度310km/h、0-100km/h加速はわずか3.7秒

ポルシェ 911とは、今さら言うまでもなく1964年に発表されたポルシェ社のスポーツカー。通常モデルは自然吸気の水平対向6気筒エンジンをリアに搭載するが、1975年に「最高出力280ps/最高速度280km/h」という911ターボが初登場した(※日本での発売は1976年)。

以来、911ターボは「911シリーズの頂点」として代を重ね、現在は992型のターボおよびターボSなどが新車価格2500万円から3235万円にて販売されている。

その歴史の中で、今回ご紹介する997型の911ターボは、伝統の水平対向エンジンが水冷方式に変わってから2世代目の911ターボとして、自然吸気のカレラより少々遅れて2006年2月にデビュー。日本では同年3月に受注開始となった。

搭載エンジンは、先代比で60ps増/6.1kgm増となる最高出力480ps/最大トルク63.2kgmの水冷フラットシックス3.6Lツインターボで、「可変タービンジオメトリー」の採用により低回転域でのフレキシビリティと加速性能が向上した。

0-100km/h加速は3.9秒(6MT)または3.7秒(ティプトロニックS)で、最高速度はいずれの変速機でも310km/h。新設定されたオプション「スポーツクロノパッケージ・ターボ」のスポーツボタンを押すと、MT仕様では80-120km/h加速が0.3秒短縮されて3.5秒となる。

強力なパワーを受け止めるため駆動方式は4WDで、対向式ブレーキキャリパーを採用したディスクブレーキも、フロントに6ピストンタイプのキャリパーを、リアにも4ピストンタイプのものを装着した。

2009年には自然吸気モデルに約1年遅れてマイナーチェンジが行われ、エンジンが3.6L/480psから3.8L/500psとなり、AT仕様は5速ATである「ティプトロニックS」から7速デュアルクラッチ式トランスミッションの「PDK」に変更された。

今回ご紹介する997型911ターボは、そのマイナーチェンジが行われる前の通称前期型で、トルコン式ATである「ティプトロニックS」を搭載している1台だ。
 

ポルシェ 911▲黒を基調とした2006年式ポルシェ 911ターボのコックピット。ダッシュボード中央上部に見えるのは、スポーツクロノパッケージに付帯するストップウオッチ。これがまたカッコいいのだ
ポルシェ 911▲「930」の時代から大まかな形状は変わらないフロントシート。サイドサポート性が十分でありながら快適性も十分であるという、なかなか優秀なシートだ

スーパーなカーでありながら、その相場はまあまあ現実的

さて。筆者は冒頭付近で「ティプトロニックSの997型911ターボは、比較的現実的な予算でスーパーなカーが欲しいと考える人にとって最適な選択肢のひとつ」との旨、申し上げた。

そこであえて「スーパーカー」とは書かずに「スーパーなカー」という妙ちくりんな日本語を使ったのは、ポルシェ 911が「スーパーカー」であるかどうかは少々微妙なところだからだ。

いや、パフォーマンスの面では間違いなくスーパーカー級なわけだが、スーパーカーという言葉から一般的にイメージされるのは、「平べったいフォルムの、日常づかいにはとてもじゃないけど向かない車」であるはずだ。

しかし、ポルシェ 911ターボは特に平べったくはなく、日常的に使おうと思えば使える車でもある

だが、ややオーラに欠けると言うこともできるカレラ系と違い、911ターボは「そのスーパーな性能なりのスーパーなオーラが必然的ににじみ出ている車」であることは間違いないため、スーパーカーではなく「スーパーなカー」とさせていただいた次第だ。
 

ポルシェ 911▲純正リアウイングを含め、車両のそこかしこから「別物としてのオーラ」が漂うのがポルシェ 911ターボの特徴のひとつ
 

で、スーパーなカーであるポルシェ 911ターボは、端的に言って非常に高価である。

現行世代の新車価格は前述のとおり2500万~3235万円で、1980年代から90年代にかけての空冷世代の中古車価格も、おおむね1600万~3000万円となっている。911ターボは――当たり前の話かもしれないが――高いのだ。

そんな中、997型ターボの前期型AT車、すなわち2006年式から2009年式までの911ターボティプトロニックSは、例外的に安価なのである。

いや「安価なのである」というのは少々言いすぎかもしれないが、同じ997型ターボでも後期PDKや6MTの相場が1100万~1400万円ほどであるのに対し、ティプトロニックSのそれは800万~1000万円ほど。安くはないが、下取り車やローンの設定方法次第では「手が届かなくもない」とは言える予算感なのだ。

だが問題は、というか懸念点は、「でも普通のATにすぎないティプトロニックSって、PDKやMTと比べるとつまらないんじゃないの?」ということだろう。
 

ポルシェ 911▲マニュアル的な操作もできるが、基本的な構造はごく一般的な5速のステップATであるティプトロニックS。デュアルクラッチ式トランスミッションである「PDK」と比べて、実際のところどうなのか?

超極太トルクの前ではDCTもMTもほぼ無用の長物?

その懸念に対してお答えするなら、確かにティプトロニックSは、きわめてダイレクトかつスピーディに変速が行われるPDKと比べれば「ファン」な要素は低めであり、ダイレクトの権化というかそのものであるMTと比べれば、当然ながらファン成分は劣る。

それは確かにそうなのだが、しかし考えてほしい。

前期型の場合で最高出力480ps/最大トルク63.2kgmにもなる超強力な車のギアを、ニッポンの公道で、そんなにガチャガチャと頻繁に変速させる機会などあるだろうか?

もちろん人それぞれの運転方法次第ではあろうが、常識的で安全な運転を心がける限りは、「そんな機会などほとんどない」というのが答えになる。

997型ポルシェ 911ターボ ティプトロニックSの場合で言うなら、右足を軽くアクセルペダルに載せているだけでもグイグイと進み、そこから右足親指にほんの少々力を込めるだけで、特にシフトダウンもされないまま、一瞬で追い越しは完了する――というのが実態だ。

つまり、8速PDKや6MTならではの魅力が正しく発揮される機会など、実はあんまりないのだ。

それゆえ、「ならばティプトロニックSでも十分である」という考え方は、決して間違っていないのである。

とはいえ、ティプトロニックSを採用する997型ターボの人気はPDK車と比べると低めであるため、市場原理に基づいて中古車価格は必然的に低めとなる。それゆえ、ティプトロであることを気にしない人間にとっては「お買い得」になる――というのが話のメカニズムだ。
 

ポルシェ 911▲全幅1850mmのワイドボディである点は自然吸気のカレラ4Sと同様だが、リアフェンダーのこのエアダクトがあるとないとで、車両全体の雰囲気は大きく変わる
 

……実はここまで、「997型の前身にあたる996型の911ターボの方が安い=比較的現実的な予算でスーパーなカーが欲しいと考える人にとって最適なのではないか?」という話は意識的に避けてきた。

たしかに996型のターボ ティプトロニックSであれば、車両価格500万円から700万円ほどで、まずまず良好なコンディションの1台を探すことができる。

そのため、悪くない選択であるとは思うのだが……個人的にはあの「バカボンのホンカンのようなヘッドランプ形状」が、どうにもスーパーなカーとしてのオーラを減じているような気がするのだ。
 

ポルシェ 911▲こちらが996型のポルシェ 911ターボ。この独特のヘッドランプ形状は、好みが分かれるところかも
 

とはいえこれは、筆者の個人的な嗜好にすぎない。あのヘッドランプに抵抗がないのであれば、もちろん996型ポルシェ 911ターボ ティプトロニックSも、大いに注目に値するだろう。
 

文/伊達軍曹、写真/阿部昌也、ポルシェ

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伊達軍曹

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル レヴォーグ STIスポーツ。