▲「人生最初の車は無難で安い国産の中古車で」との意見をしばしば耳にするが、無理に従う必要はなく、例えば「いきなりミニ」でデビューしたって構わないわけだ。ただしグレード選びなどには少々の注意点もある ▲「人生最初の車は無難で安い国産の中古車で」との意見をしばしば耳にするが、無理に従う必要はなく、例えば「いきなりミニ」でデビューしたって構わないわけだ。ただしグレード選びなどには少々の注意点もある

「ミニ クーパーS音頭」で踊る謎の青年

所用があって出かけた私鉄沿線の小さな町で、見たところ22歳ぐらいの青年が奇っ怪な音頭を歌い、浴衣姿で踊り狂っていた。

「♪ハア~、ミニ クーパーS いい車。あ、先代だけど、いい車。ハ~アちょいなちょいな~ちょいな~」

……なるべくそちらを見ないで通り過ぎようとしたのだが、つかまってしまった。

「そこのおじさん、じゃなかったお兄さん! よかったら僕と一緒にミニ クーパーS音頭を踊りませんか? 楽しいですよ!」

いえ結構です、急いでますので……と逃げようとしたものの、自動車ライターという職業柄、「ミニ クーパーS」というフレーズに少々のひっかかりを覚えた。そして、つい聞いてしまった。「何についての歌なんですか?」と。

浴衣姿の彼が答えたところによれば、事情は以下のとおりだった。

▲なぜか住宅街で自作の「ミニ クーパーS音頭」を歌い踊り、筆者を困惑させた青年(のイメージ)▲なぜか住宅街で自作の「ミニ クーパーS音頭」を歌い踊り、筆者を困惑させた青年(のイメージ)

見立てのとおり、彼は22歳の新社会人。学生時代にアルバイトをして貯めたお金と今後見込める月給を元手に、人生初の車としてドイツの「ミニ」を買うことになったのだという。

もちろんミニといっても新車ディーラーで売られている高額な現行型ではなく、1世代前の中古車だ。マニアは「R56(アール・ゴーロク)」と呼ぶ先代モデルである。まだまだ安月給な新社会人だけあって「総額70万円以内で探している」とのこと。

「……というわけで、とりあえずは念願のミニに乗ることになったのが嬉しすぎて、思わず『クーパーS音頭』を自作してしまった次第です。いやお騒がせしました」

そう爽やかに語る彼に、わたしは「そうでしたか。それは良かったですね。ご多幸とご活躍をお祈りします。ではさようなら」と言って早急に立ち去ろうとした。

だが彼が次に発したフレーズに、ついつい反応してしまった。

彼が言ったのはこうだ。

「先代ミニの場合、今や総額70万円以下でも最上級グレードのクーパーSが買えるんですから、わざわざその下のクーパーとか、廉価グレードのワンとかを買うやつはバカですよね。そう思いませんか?」

それを聞いたわたしは、口調を少々変えて言った。

「……ミーは必ずしもそうは思わないね。むしろユー、バカなのはキミの方かもしれないぜ?」

以下は「……おっさん、それどういう意味だよ?」と、これまた口調を変えて凄んできた青年との会談内容の、ダイジェスト版である。

▲こちらが、彼が買う予定だという先代ミニ(R56)のクーパーSというグレード。高出力な1.6Lターボエンジンを搭載する、「ジョン・クーパー・ワークス」を除いて考えると最上級にあたるグレードだ▲こちらが、彼が買う予定だという先代ミニ(R56)のクーパーSというグレード。高出力な1.6Lターボエンジンを搭載する、「ジョン・クーパー・ワークス」を除いて考えると最上級にあたるグレードだ

品質は初代よりグッと向上。そして総額70万円以下でも十分検討可能

まずは話を整理しよう。そもそもR56こと先代のミニとはどんな車だったのか?

2007年から2014年まで販売された、ドイツのBMW社が「ミニ」という車を作るようになってから2世代目のモデルである。

筆者も昔乗っていた第1世代のBMW製ミニ(2002~2007年)はエンジンが米クライスラー社と共同開発したちょっと微妙なモノで、足回りやボディ剛性なども「洗練されてる」とは言い難いニュアンスだった。まぁそれはそれで荒削りな魅力があって楽しい車だったのだが。

しかし2007年2月からのR56型は、BMWがプジョー・シトロエンと共同開発したバルブトロニック(可変バルブ機構)付きの好ましい新型エンジンに全面刷新。そしてやや難もあった初代のCVT(無断変速機)は、信頼性が高いアイシンAW社製の6速ATに変更された。

さらにはボディ剛性なども初代と比べて大幅に向上したことで、2代目のミニは端的に言って「いい車」に生まれ変わったのだ。

彼が検討している「総額70万円以下」という予算帯にもしも限定して考えるなら、先代ミニのグレードラインナップは下記の3種類となる。

●ワン|1.4Lの直4自然吸気エンジン(最高出力95ps)を積むベーシックグレード
2010年3月のマイナーチェンジで排気量を1.6Lに拡大。トランスミッションは6MTまたは6速ATで、ルーフの色はボディと同色。装備内容も比較的シンプル。

▲こちらがベーシックな「ワン」。ボディと同色のルーフが特徴のひとつ▲こちらがベーシックな「ワン」。ボディと同色のルーフが特徴のひとつ

●クーパー|1.6Lの直4自然吸気エンジン(最高出力122ps)を積む中間グレード
こちらもトランスミッションは6MTまたは6速AT。ルーフがボディとは別色になるためスポーティに見える。メッキパーツの分量もワンより多く、ホイールもスチール製ではなくアルミ製。

▲こちらは中間グレードの「クーパー」。ノンターボだが、まずまずのエンジン出力を発生▲こちらは中間グレードの「クーパー」。ノンターボだが、まずまずのエンジン出力を発生

●クーパーS|1.6Lの直4直噴ターボエンジン(最高出力175ps)を積む最上級グレード
2010年3月のマイナーチェンジで最高出力184psに。こちらもトランスミッションは6MTまたは6速AT。最上級グレードゆえ、当然ながら各種装備類は充実している。

▲こちらがターボエンジン搭載の「クーパーS」。ボンネット上の穴(エアインテーク)が目印▲こちらがターボエンジン搭載の「クーパーS」。ボンネット上の穴(エアインテーク)が目印

やや特殊な「ジョン・クーパー・ワークス」を除くR56型ミニ全体の中古車相場は、約40万~約250万円とかなり上下に幅広い。だが彼が狙っているという総額70万円以下のゾーンでも、まずまずの数が全国で流通している。

そしてその大半はベーシックグレードの「ワン」または中間グレードの「クーパー」なのだが、確かに彼が言うとおり最上級グレードの「クーパーS」も、総額50万~70万円ぐらいのゾーンでそれなりの数は流通している。

▲先代ミニのインパネまわりはおおむねこのようなデザイン。センターメーターがとにかくデカい▲先代ミニのインパネまわりはおおむねこのようなデザイン。センターメーターがとにかくデカい

安めの総額で狙うならパワーではなく「程度」を優先するべき

「でしょう? 同じ40万~70万円ぐらいの予算で、装備が充実しててエンジンもパワフルな最上級グレードが買えるんだから、それを買えばいいじゃん――というのが僕の見解です。間違ってますかね?」

間違っているかどうかは別として、「やや微妙」な見解であることは確実だ。

ワンまたはクーパーであれば総額70万円以下のゾーンでもかなりの数が流通しているため、それらのなかから「これぞ!」という1台を見つけ出すのはさほど困難ではない。

だが、中心となる価格帯はあくまで100万~170万円ぐらいであるクーパーSの場合は「総額70万円以下」の個体数がそもそも少なめであるため、「これぞ!」を見つけ出す作業がやや困難になる。それゆえ、やや微妙となるのだ。

加えて、そもそも「中心価格帯は100万~170万円ぐらい」であるクーパーSが70万円以下になっているということは……それってどういうことが考えられるだろうか?

「安いだけの理由があるというか、安くしないと売れない個体である……ということでしょうか?」

ザッツ・ライト……かどうかはケース・バイ・ケースなので断言はできないが、まあそういった場合もあるだろう。それゆえ、最上級のクーパーSを70万円以下で買うことを止めはしないが、逆にすすめもしないというのが、我輩のスタンスである。

「なるほど。ならばオススメは?」

ワンかクーパーの、なるべく内外装コンディションと整備履歴が良さげな物件なら何でもいいんじゃないですか? マイナーチェンジの前か後かにもさほどこだわる必要ないと思うし。

ちなみにワンの場合、マイチェン後はマニュアル式のエアコンになっちゃったんだけど、マイチェン前はフルオートエアコンだったりするんで、意外とオススメですよ。

▲写真はマイナーチェンジ前のワン。このシンプルな外観を「ショボい」とするか「引き算の美学」ととらえるかは人それぞれだろうが、軽快に走れるステキなグレードであることは間違いない▲写真はマイナーチェンジ前のワン。このシンプルな外観を「ショボい」とするか「引き算の美学」ととらえるかは人それぞれだろうが、軽快に走れるステキなグレードであることは間違いない

「でもワンなんてエンジンがショボいから遅いし、装備も貧弱だし!」

ユー、意外とそうでもないよ。初代ミニのワンは確かにちょっとかったるかったけど、第2世代ミニのワンは前期も後期もそんなにかったるくないんだ。エンジンが新型になって、そして重量は相変わらず軽いからね。

むしろワンの軽やかな、ちょっとフランス車っぽい走りや質感はクーパーやクーパーS以上に魅力的であり、貴君のような若い世代に合っているかも……なんて吾輩は思うけどね。

まあこのあたりは「人それぞれの感じ方次第」という部分も大なので、一概には言えない。

いずれにせよわたしが言いたいのは、「ワンまでを含む幅広いグレードをフラットな心で検討し、なるべく過去の整備履歴と現状のコンディションが良好な1台を買ってほしい」ということだけだ。

そのような選び方をすれば、基本的には故障も少なめな車なので、特に大きな問題もなく(小さな問題ぐらいは起こるかもしれないけど)「人生初の車生活」をステキな輸入車で、ステキなミニで始められるだろう。

「なるほど、いちおう了解しました。もう一度検討してみます」

そう言って浴衣姿の青年は去っていった。

その後、彼がどんな車を買ったかのは知らない。

だが、去り際の彼が口ずさんでいた音頭が「クーパーS音頭」から「ミニ音頭」へとさりげなく変わっていた点から考えるなら、おそらくクーパーSだけにはこだわらず、フラットな目線でコンディション良好な何かを買ってくれたのではないか――とは思っている。

文/伊達軍曹、写真/BMW、photo AC

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ミニ ミニ(2007年2月~2014年3月生産モデル)×クーパーorワン×全国

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伊達軍曹(だてぐんそう)

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル XV。