アウディ R8

これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

“アウディ”を体現する初のミッドシップスポーツ

——近頃、松本さんがセレクトしてくださる車種の幅が広がったので、提案できる車が増えてホッとしています。松本さんはこだわりが強いですから、撮影候補を探してくるのが大変で……。でも、今回は松本さんが以前オススメしていたモデルですよ! しかも、希少なMT車です。

松本 なんだろう? 期待できるね。車種や特性によって、その車に適しているのはATだったりMTだったりするけど、やっぱりスポーツカーにはMTがいいよね。ドライバーの思いどおりにシフトアップやダウンができるからね。

——ATにもMTモードがあるじゃないですか。それではダメなんですか?

松本 ダメということではないけど、機械任せな感じなのがねえ。スポーツカーの運転の楽しさはエンジンとトランスミッションを通しての車とのコミュニュケーションだからね。高性能であればあるほど、僕はMTがいいなあ。クラッチ操作とも相まって、スムーズかつ意のままに車を操る。車をボタンひとつで自動に、とかレバーだけで操っていても、運転する満足感は少ないんじゃないかなあ。それと、故障したときには断然MTの方が修理の見通しがつくしね。ATは費用もそうだけど、下手をすると直らないなんてこともあったりするでしょ。

——そうくると思っていました(笑)。ところで、アウディのスポーツモデルってどうですか?

松本 あー、そういうことね。アウディのスポーツモデルはいろいろあるけど、2シーターのTTやRS4のV8モデルはいいねえ。中でもアウディ初のミッドシップスーパーカーの初代R8は最高だよね。ただ、MTが少なくてね……。自己満足なのかもしれないけど、ポテンシャルの高いエンジンをMTで操作する醍醐味はまた格別だからね。

——その最高の1台があるんです! 今回は初代R8のMTモデルです。

松本 ほんと! R8のMTって正規輸入も少ないんじゃないかなあ。登場直後にアウディからお借りしたことがあって、あの感動は今でも覚えているよ。

 

アウディ R8
アウディ R8

——この車です。どうですか?

松本 いいじゃない! そういえばこの初代、近頃あまり見かけないけど、あらためて見るとやっぱりいいねぇ。

——ところで、R8ってどんな車なんですか?

松本 R8は作りからして凝っているから、プロダクト好きにはたまらない車なんだ。アウディは歴史的に航空機の部品などを生産していてね。それもあって、自動車にアルミニウムを全面的に採用するという、伝統と性能を両立させた素材の使い方を進めていたんだ。初代TTが特徴的なんだけど、アルミニウムを多用したインテリアやモチーフがあったでしょ。あれがそうなんだよ。

——R8もそうなんですか?

松本 R8はアルミニウムを多用しているように見えないかもしれないけど、フレームからボディにまで使っているんだ。アメリカにアルコア社というアルミニウムの生産加工を行う世界的な会社があってね、知る人ぞ知る会社で技術力も高い。R8のデザインは、ラウンドしている部分とシャープな部分が組み合わされていて、プレス技術としては非常に難しい。それをアウディはアルコアと協力して、ハイドロフォーミングという当時最先端の技術でクリアした。これは素材を均一に伸ばして一体成形するというプレス技術で、話題になったんだよ。フロントフードやフェンダーは恐ろしく精度が高くて、当時はみんな驚いたんじゃないかなあ。今考えてみると、アウディというブランドが大きく飛躍した瞬間だったと思うんだよね。

 

アウディ R8

——スタイルもものすごく低くてスポーティですよね。

松本 デザインは、フランク・ランバーティというアウディのデザイナーが描いたんだ。彼は1991年の東京モーターショーにも登場したアヴィス クワトロ(Avus quattro)に感銘を受けて、デザインしたと言われている。戦前のアウディ ストリームライナーをオマージュし、レーシングカーのシャシーにW12気筒エンジンを登載したこのショーカーは、バフ仕上げのアルミニウムのボディで登場したんだけど、ご存じの方いるかな? ご存じならかなりのエンスージアストだね。

——全然知りませんでした。

松本 これがアウディという車の本質なのか、と驚いたことを思い出すよ。そして、このショーカーこそ、当時アウディの実権を握ったフェルディナント・ピエヒの命令で作られた次世代アウディの指針ともいえるモデルだったんだ。そんなアヴィス クワトロは6速MTだった。最先端モデルでありながらMTを積んでみせたのは、ピエヒが操作する楽しみを伝えたかったんじゃないかと思うんだよね。

——いいですね、最先端モデルにあえてMT。ところで、技術的にはどうなんですか?

松本 R8はquattro GmbH(現在のAudi Sport GmbH)で開発されたんだけど、ここはレーシングモデルなどを中心としたモータースポーツに特化した会社なんだ。技術部門責任者のステファン・レイルは、自分たちのようなエンジニアの憧れはミッドシップの車を作ることだ、と言っていたね。ご存じの方も多いと思うけれど、R8はランボルギーニ ガヤルドのフレームやトランスミッションを使って制作されたんだ。だから、どこかにランボルギーニのロゴが見えるかもしれない、下からとかね。エンジンは第2世代のRS4と同じだけど、ドライサンプに変更しているからフリクションは多少少なくなっているだろうね。実際、当時の印象だと、非常にレスポンシブで最高のV8だと思う。今でもこれが最良のV8ではないかなあ。トランスミッションはイタリアのトリノにあるグラッツィアーノという、フェラーリなどにも使われていたメーカーのものなんだけど、ランボルギーニとの関係も深いメーカーなんだ。

——確かにこのR8のMTは操作感がカッチンカッチンと決まるんで気持ちいいです。ハンドリングはどうでした?

松本 ドライブするとわかるけど、後軸に動力がかかったターマックでパフォーマンスを発揮する感じのハンドリングだね。その軽やかな動きは今でも忘れられないよ。タイトな峠でも走ったんだけど、見切りのいいフェンダーの作りといいグループCカーの雰囲気なんかもあったね。R8って、ル・マン24時間レースでも連覇に次ぐ連覇で、アウディのレーシングカーが最高潮のときに作ったモデルなんだよね。だから志が違う。前期型にしかなかったMTモデルは、今のスーパーカーにはない、レジェンドであるピエヒの思いとアウディ初のミッドシップモデルという高いモチベーションで作られている。このモデルこそ、アウディの神髄の一つと言ってもいいんじゃないかな。

 

アウディ R8

2003年に発表されたコンセプトカー「ル・マン・クワトロ」の市販版となる、アウディ初の量産ミッドシップスーパースポーツ。アルミ製のアウディスペースフレームとボディにより軽量化、4WD(クワトロ)やアダプティブダンパー(マグネティックライド)など、アウディお得意の技術を多数搭載している。4.2Lエンジンには2ペダルMT(Rトロニック)に加え、6速MTが用意された。

アウディ R8
アウディ R8

※カーセンサーEDGE 2024年10月号(2024年8月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏