ホンダ S800M クーぺ

これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

ホンダの心意気を感じる量産最高峰スポーツ

——さて2024年になって最初の名車は、せっかくですから日本の車にしようかなと。

松本 2024年の始まりに国産旧車というセレクトはいいよね。思い当たるモデルは本当にたくさんあるけど、市場に出てくる価値あるモデルとなると限られてくるね。

——車によっては国産旧車の価格もすごいことになってますしね。

松本 少し前に日産 フェアレディZ 432を取り上げたけど、あれも良かったよね。あとはトヨタのセンチュリーとかもいいけど、スポーツカーをもう1台くらい紹介したいよね。ピュアなモデルを。

——今回は先日お世話になったビンゴスポーツさんにあった、古いスポーツカーにしてみたんですよ。どうですかね? ホンダ スポーツクーペっていうやつです。

松本 それって、S600とかS800とか説明なかった?

——ありました。S800です。

松本 それ最高だなぁ。贅沢言うと、非常に個人的な話だけどS600クーペが良かったなぁ。

——なぜですか?

松本 縁あって昔S600クーペを持っていたんだよ。最高だったね。タイトなコックピットはどことなくロータス エリートに似た雰囲気でさ。アルミダイキャストのステアリングスポークにウッドホイールの組み合わせはヨーロッパの香りがしていたよ。ポジションはローバックで乗るスタイルで、運転している姿をカッコよく見せるんだ。あの頃のホンダの心意気は半端じゃないよ。ペダルレイアウトもヒール&トーがやりやすくてね。何よりも、シフトポジションは本当に英国のライトウェイトスポーツカーを模していたよ。まるでロータス エリート、オースチン ヒーレー スプライトマークⅠって感じだね。

 

ホンダ S800M クーペ
ホンダ S800M クーペ

——昔のホンダ車って、すごくこだわって作られていたイメージがありますよね?

松本 国産車では飛び抜けていたんじゃないかな。エンジンも天下一品だしね。機械式時計のブランドにゼニスってあるんだけど、そのムーブメントに「EL PRIMERO(エル プリメロ)」というのがあるんだ。なんと1時間に3万6000回の振動数を誇るのに耐久性も高い。最高峰のムーブメントのひとつだけど、ホンダのエンジンはそれに近い感じかなぁ。

——素人には分かりやすいたとえ話ですね……。

松本 とにかく4気筒のコンプレッションと4連CV型のキャブレターのバランスさえバッチリなら、1967年のポルシェ 911Sなんて目じゃない鋭いレスポンスだったよ。目の覚めるような快音とはまさにこの音だね。でも、このエンジンは少し難があってね。鋳造されたアルミ合金がモロいのなんのって。オーバーホールを自分で3回以上はしたけど、本当に神経を使ったよ。

——何が大変なんですか?

松本 ネジ山が崩れちゃうんだよ。そのたびにヘリサートという道具を使ってネジ山を作り直すんだけどね。今はもっといいものがあるのかなぁ。エンジンを降ろすときは、フロントだけリジットラックで上げといて、エンジントランスミッションをごっそり斜めに抜くんだけど、結局この方法が一番早かったな。エンジンとミッションはほとんどがアルミ合金製でね、当時採用していたのはアルファ ロメオとか一部のモデルだけだったんじゃないかな。本当にすごい技術力だよね。今思うとモロかったのは、ホンダのアルミ合金の鋳造技術というより、ベースのアルミが良くなかったんじゃないかな。生産は苦労したと思うよ。

——こういう車が日本にまだ現存していて購入することができるっていうのは素晴らしいことですよね。

松本 聞くところによると、1966年から生産された兄貴分のS800から質が良くなっていて、現存率が高いらしいね。だから、コレクションとしてはS600っていいけど、実用面ではS800の方がいいかもね。

——実用に使えるんですかね?

松本 使えるよ。他の人はわからないけど、自分は日常使いでS600に乗ってたよ。当時、オルタネーターは直流がほとんどだったんだけど、ホンダは交流なんだ。これが冷却ファン一体で凝ってるんだ。でも、交流オルタネーターだから充電はバッチリで、自分はサーモスイッチを組み込んで電動ファンを作って使ってたよ。

——普通の人はあんまり自分で作ったりしませんけどね……。

松本 そう(笑)? スターターモーターはエンジンが小さいから小ぶりだったけど、チェーンによるリダクションでエンジン始動がめちゃくちゃ良かったんだ。ギュル、ボーンって感じでさ。

 

ホンダ S800M クーペ

——今回のこのS800M クーペ、どうですか?

松本 この色もいいね。モダンな色なのに見た目が映えるというのは、バランスがいいデザインなんだろうね。タイヤが太めだけどすごみを感じるね。ホイールもバランスがいい。S800M クーペってとても珍しいと思うよ。確か日本ではオープンだけじゃなかったかな? これはLHDだから、輸出仕様だね。誇らしいよね。これが海外で人気を博していたなんて、日本の自動車産業の誇りだと思う。こんな精密なエンジンを量産しちゃうんだから。

——速かったんですか?

松本 もちろん。ニュルブルクリンクの耐久レースでもクラス優勝を飾っていたんだよ。なにせ791ccで70psを発揮したんだからね。当時、量産最速の1リッターカーと呼ばれたほどすごかったんだ。

——これ、なんだかベルギーホンダの車みたいですよ。

松本 え? ベルギーホンダ? そこがディーラーだったんだよね。ますますすごいなぁ。なんたってホンダが初めてヨーロッパにオフィスを構えたのがベルギーで、日本の企業が初めて工場を作った国なんだよ。ホンダとしてはベルギーには特別な思いがあるはずなんだ。

——そうなんですか? 全然知らなかった……。

松本 1968年式だとS800M の初期型だから設定がなかったのかもしれないけど、S800Mにはレギュレーションに適合させるためにサイドリフレクターなんかもあったんだ。でもこのS800Mクーペは、初期のデザインに沿った形でいいね。ひょっとすると、ヨーロッパ仕様ということもあるのかもね。

——国産車もこの企画でどんどん取り上げたいですよねぇ。

松本 この当時こんなスペシャルなモデルを量産したメーカーはない。だから本物の精密なエンジンを知っていた海外の人から人気だったんだろうね。これ以上のモノを購入しやすい金額で提供することは、コストと利益だけを考えていたら難しいだろうね。今のホンダに足らないところがあるとすれば、この車のような世界を驚かす、他社が真似できない製品かもしれないね。

——まさに名車ですね。

松本 ほんと。日本が誇る量産最高峰のスポーツカーであることに間違いはないよ。

 

ホンダ S800M クーペ

スポーツ360/500を始祖とするホンダスポーツ・シリーズ(Sシリーズ)の最終型として1966年に登場したS800。先代のS600と同様に、オープンとクーペをラインナップする。4連キャブレターを備え、ホンダが得意とした高回転型の精密なメカニズムをもつDOHCエンジンを搭載し、最高速度160km/hを誇った。当時のコンパクトスポーツでトップクラスの性能を備えた伝説のモデルであった。

ホンダ S800M クーペ
ホンダ S800M クーペ

※カーセンサーEDGE 2024年3月号(2024年1月26日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏