これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
アウディの技術とポリシーを体現した「やりすぎ」コンパクト
——今回は松本さんの好きそうなモデルを見つけましたよ。これは、十中八九気に入ると思います。
松本 なんだろうなぁ。
——アウディ A2です。
松本 おー。よく見つかったね! そりゃ凄いよ。ドイツ車ってお国柄かもしれないけど、そこまでやらなくてもいいんじゃないの?と思えることが多いんだ。A2はその代表みたいな車なんだよね。
——いつもお馴染みの高輪自動車にありました。こちらの車ですね。
松本 ここって前にアウディ 100を紹介したよね? どこからこんな名車予備軍を引っ張ってくるんだろうね。
——僕もいつも不思議に思ってるんですよ(笑)
松本 この企画ってこれから珍重されるモデルをクローズアップすることでしょ? 名車へと向かっていくプロセスを知ってもらうっていう。
——まあ、出てくる車はほとんど松本さんの独断と偏見で選ばれていますが、おおむねねそうですね。
松本 日本では馴染みの薄いモデルの中にもローンチ時の内容や、その車が生まれた成り立ち、作りの素晴らしさから、メーカーの志の高さを知ることができる車もあるからね。例えば、VWのルポGTIなんかも紹介したよね。
——そういう車も何度か紹介していますよね。
松本 イタリアでは、特別なモデルはハンマーを片手にトンカントンテンとアルミ板を叩いて溶接しながら数百台のモデルを作っちゃうんだけど、ドイツではメルセデス・ベンツ 300SLのボディは機械プレスを使用して特殊な型を作っていたんだ。まさに採算度外視ってやつだね。ドイツには「精度は機械が作る」っていう考え方が強くあるんだ。ドイツが良質な工業製品立国というのがわかるよね。だからこういうやりすぎのドイツ車って好きだなぁ。
——アウディって確かにその象徴みたいなイメージがありますもんね。
松本 電子関係が発達していない時代は機械が台頭していたでしょ? “MADE IN W・Germany”の文字に憧れた日本人は多かったんじゃないかな。僕が普段使っている35年前の時計の裏側を見るとMADE IN W・Germanyって書いてあるけど、西ドイツ製ってなんだか誇らしいんだよね。そういうのあるでしょ?
——このアウディ A2もやっぱり同じような自慢できる車ってことですか?
松本 結論から言えばあり得ないほどの採算度外視モデルだよ。まさに、志だけで作ったモデルといっていいね。この時のアウディは、エントリーモデルであってもプロダクトに自社の考え方を忠実に再現する意志が強かったんだ。
——松本さんがアウディの質の高さをよく書いていましたし、教えてくれてましたよね。特に1990年代後半から一気に質を上げてきた、と。
松本 よく覚えてるね。プレス工程の多さとスイッチ類のクリアランス、高価な素材を使った調度品と、精度の高さは天下一品だね。もちろん、今でも継承している部分はあるけどね。この年代のアウディの車って、どこのメーカーもベンチマークとして参考にしていたはずだよ。特にアウディ TTなんかは凄さを感じたモデルだったなぁ。
——A2もほぼ似た時期の車ですもんね。
松本 A2はアウディの絶頂期に5年間だけ作られたモデルなんだ。この車を名車と呼ぶべき理由のひとつが、アルミ合金製のスペースフレームだね。アウディは旗艦モデルのA8にASF(アウディスペースフレーム)を使って、オールアルミボディのモデルを量産していてね、大型車でも軽量化によって燃費とパフォーマンスの向上が実現できたんだよ。アルミ合金の加工は非常に設備費用がかかるんだ。高価な旗艦モデルならば採算が取れるけど、エントリーモデルの小型量産車にまで採用するのは、あり得ない話なんだ。この「やりすぎだろう」っていうのがアウディらしいところだね。未来チックなフォルムで、空力を意識した流線型のデザインを自動車に初めて導入したオーストリアの伝説的なエンジニア、パウル・ヤーライのデザイン、それを踏襲した雰囲気で、アウディも1920年代からその理論を積極的に使ったデザインのモデルを作っていたんだ。歴史的なエッセンスも名車には大切なことだからね。
——しかし、そこまで素晴らしい考え方で作られたモデルが短命だったのはなぜですかね。
松本 その理由は、コスト以外にないね。小型車にミディアムクラスのプライスをつけるのは難しかっただろうからね。この個体にはディーゼルモデルのグリルが付いてるみたいだけど、これはガソリン車のMTだね。A2が発表されたとき、アルミスペースフレームだけじゃなく、3Lの燃料で100km走る初の5ドア車だったことも驚きだったんだよ。それは直噴のターボディーゼルモデルで、1.2L 3気筒の2ペダル式のATだったんだ。スムーズに走らせるのが難しかったけどね。
——ガソリンとディーゼル、両方乗ったことがあるんですか?
松本 もちろんあるよ。ガソリンモデルは友人が乗っていたから、何度も運転させてもらったんだ。このガソリンモデル車のMTは乗りやすいよね。しかも軽くてスポーティ、乗り心地はソリッド傾向だったけど、軽快だったのをよく覚えているよ。
——そう聞くと、なんか不遇な車って感じですね……。
松本 アルミ合金の鋳造と言えば、最近ではトヨタのアルミダイキャストを使った次世代プラットフォームが話題になっているけど、アウディは25年前から使っていたわけだから先見の明があったと言えるだろうね。ド派手で高スペック、超高級なレアスポーツカーじゃないけど、A2は時代を切り開いたモデルであることは間違いないよ。17万5000台という販売台数はエントリーモデルとして成功したとは言えないけど、イノベーションの度合いからすれば名車と呼ばずにはいられないね。
アウディ A2
1999年に発表されたBセグメントのコンパクトハッチ。量産小型車として初採用のアルミのスペースフレームやボディにより軽量化。空力性能も高め、1.2Lディーゼルエンジン搭載モデルが軽油3Lで100km走行可能な「3Lカー」を実現させている。先進的なコンセプトや技術が取り入れられ評価も高かったが、残念ながら商業的には成功と言える結果は得られなかった。
※カーセンサーEDGE 2023年12月号(2023年10月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
【関連リンク】