フェラーリ F355 ベルリネッタ

これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍モデルたちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

クリーンなフォルムと官能的なV8サウンドで心揺さぶるミッドシップ

——最近は新しい車も「名車予備軍」として選んでいるので、選択肢も広がったと思うんですよね。

松本 それなのに、君から提案してくる車はなんだかいまひとつなことが多いよね。もっとも、最近は貴重なモデルの撮影許可を取るのが難しいからね。希少車の撮影協力をしてくださるショップには頭が上がらないよ。

——本当ですよね。今号で取り上げたいモデルも実はそんな1台です。松本さん、フェラーリ F355ってどう思います?

松本 当時、バブル絶頂期から少し落ち着いた頃に見たんだけど、本当に官能的で、ここまで心を揺さぶられるモデルはないなぁと思ったよ。キュッと引き締まった造形は先代にあたる348TBをより落ち着かせた感じでね。装飾的でなく、クリーンなデザインだよね。

——この時代のV8フェラーリのデザインを推す人って多いですよね?

松本 そうだね。それに美しさだけでなく、空力的にも非常に有効なフォルムなんだ。専門的にはノルダープロファイルっていうんだけどね。だから個人的には348TBよりも好きだなぁ。特に横とリアまわりのデザインにフェラーリの伝統的なエッセンスがあってね。もちろん、フィオラバンティのデザインも好みだけど。あと、リアバンパー下部を見るとトランスミッションの後端が見えるでしょ? そこにキャスティングされたクラッチハウジングがあるんだ。最後部に取り付けてあるからレーシングカーと同じようにメンテナンス性がいいんだよね。スーパーカーであっても、メンテナンス性とエンジニアリングに抜かりがない。こういうところも実にフェラーリらしいんじゃないかなぁ。

——エンジンも素晴らしいんですか?

松本 もちろんだよ。あのスタイルから奏でるエンジン音がまた素晴らしいんだよ。フラットプレーンのV8エンジンで、しかもレスポンシブでチューニングされた特別感のある乾いたサウンドなんだ。レーシングシーンでの使用を想像できるエンジン音のモデルってなかなかないからね。パっと思いつくのはヤマハが関わったレクサス LFAのV10エンジンぐらいかな?

——確かに特徴的なエンジン音ですね。

松本 今はエンジン音を電子的に作ったりして臨場感を高めているけど、あの当時は職人が作り出していた、コンピュータでは出せない純粋な音色なんだよ。これは日本のスポーツカーブランドのエンジニアも同じことを言っていたね。官能的なサウンドを意図的に作り出すのがいかに難しいかってことだよ。

 

フェラーリ F355 ベルリネッタ
フェラーリ F355 ベルリネッタ

——これが今回の車です。実はちょっと珍しい仕様でフィオラノハンドリングパッケージっていうみたいです。しかも走行距離が9000kmなんですよ。

松本 おー、それはまたずいぶん珍しい車が借りられたね。まずこのSerie Fiorano(セリエ・フィオラノ)というのは1999年に限定で約100台だけ作られたモデルなんだよ。コーナリングマシンをさらに極めたようなモデルで、純粋にフェラーリのハンドリングを楽しみたいっていう、恵まれた人用のモデルだってことだよね。純正のロールケージが追加されていたり、ラック&ピニオンもサスペンションに負けないように交換されているんだよ。足元はコンペティション仕様といえるだろうね。

——そんな希少な車なんですね。ミッションはF1なんですね。そもそもF1マチックってやっぱりすごいんですか?

松本 そりゃそうだよ。1989年にフェラーリ 640というグランプリカーで初めて採用したセミATのシステムを量産車に導入した、価値あるトランスミッションだよ。シフトアップ時にパワーロスを最小限にしつつ、F1ドライバー並みのシフト操作を可能にするんだからそりゃ優秀だよ。ヒール&トーなんていう職人芸を使わずして超スマートにドライビングができて、しっかりとエンジン音も楽しめる。じつはF1におけるセミATはこれを境にどのチームも当たり前の装備となったんだ。フェラーリの思い切った先進性はすごいと思うね。しかも、フェラーリは1970年代後半からこのシステムを導入したいと考えていたんだ。これはフェラーリを語るにはなくてはならない天才エンジニア、マウロ・フォルギエリが開発していたんだけど、当時テストをしていたビルヌーブが乗り気でなかった、というようなことを本で読んだことがあるよ。

——その人の名前は聞いたことがありますね。

松本 そうでしょ? マウロ・フォルギエリはフェラーリ内で「フューリー」と呼ばれていたんだ。2022年11月に87歳で亡くなったんだけど、その時にフェラーリのワークスカーは「ciao Furia」のデカールを貼って出場したんだ。どれだけフェラーリの人たちから愛されていたかが分かるよね。

 

フェラーリ F355 ベルリネッタ

——F355の人気が高い理由がちょっと分かった気がします。

松本 そうだね。F1 のF355ってだけ聞くと、あまり特別感を抱かない人もいるかもしれない。けれど、フェラーリのモータースポーツの黄金期を作ったマウロ・フォルギエリというモデナ生まれの素晴らしいエンジニアが大きく関わっていたこと、各部の作りの素晴らしさ、そういう見えにくい部分ももっと多くの人に知ってほしいよね。

 

フェラーリ F355 ベルリネッタ

1994年のジュネーブショーで発表された、348の後継となるV8ミッドシップ。鋼管リア・サブフレーム付きのスチール製モノコック構造を採用する。トンネルバックを備える、すっきりしたデザインはピニンファリーナが担当。1997年には、セミAT のF1マチック搭載モデルも登場している。

フェラーリ F355 ベルリネッタ
フェラーリ F355 ベルリネッタ

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※カーセンサーEDGE 2023年8月号(2023年6月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏