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これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍モデルたちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

伝説のデザイナーが最後に手がけた世界中で愛される2シーターオープン

松本 この企画は君が車種を探して提案してくれるはずなんだけど、この頃は一向に素敵な情報が得られないね。

——良い状態の車って、本当に探すのが大変なんですよ……。
 

松本 前回のモントリオールは、お店に珠玉のモデルが勢揃いしていたからたまたまヒットを打っただけだしさぁ(笑)。

——松本さんが色まで指定するから余計に大変なんですって!

松本 もう今月の車は僕が探しておいたよ。毎日のように通る道沿いに、素敵な車があったんだよ。以前にランチアのハイエナザガートを紹介した、シノダオートモービルさん。ほら、あそこにあるでしょ、ブルーのアルファ ロメオ 1600スパイダー、通称“Duetto(デュエット)”。

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——おぉ、これなら僕にも名車の匂いが感じ取れます。で、ヒストリー的にはどういう車なんですか?

松本 オープンカーって一度は乗ってみたいと思う人が多いと思うんだ。この車もそういった意味でとにかく人気が高いモデルだよ。映画好きなら知っていると思うけど1967年の『卒業』という映画で主演したダスティン・ホフマンが、この1600スパイダーに乗って登場し、一気に世界的に有名なモデルになったんだよ。

——そうか。この1600スパイダーがそれなんですね。

松本 特徴的なのはリアのボートテールと呼ばれる独特なスタイリングなんだけど、これが他のオープンカーとは一線を画したデザインだったからなおさら人気が出たんだろうね。
 

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——やっぱり当時は新しいデザインだったんですか?

松本 いや、そんなことはないよ。20年以上前、トリノにあるカロッツェリア・ピニンファリーナ社に伺ったときにお土産で頂いた分厚いピニンファリーナの作品集を見ると、1959年のジュネーブショーにスパイダー スーパースポーツとしての原型があるんだ。もちろんワンオフのショーカーだよ。このコンセプトカーは1960年のジュネーブショーでも、ルーフをすべてプレキシガラスで作ったクーペスペシャルに、この透明なルーフを取り除いたモデルが、通称「デュエット」の原型といっていいね。

——かなりマニアな話ですね……。

松本 そして1961年のトリノショーでジュリエッタSS スパイダースペシャルとして登場したショーカーこそ、まさに1600スパイダーというわけなんだよ。

——ずいぶん前からコンセプトカーとして披露していたんですね。

松本 そうだね。ピニンファリーナ側も素晴らしいコンセプトだと感じて時間をかけたのかもしれないね。それと、カロッツェリアという工房で世界に名を轟かした巨匠バッティスタ・ファリーナが最後まで見守ったモデルというのも大きいかもしれない。

——バッティスタ・ファリーナってピニンファリーナ社を作った人ですね。

松本 そうだね。のちにバッティスタ・ファリーナからピニン・ファリーナに改名したんだ。このモデルを何としてもアルファ ロメオから世に出したいと画策していたんだ。中心となった人物の中にディーノ206GTで有名なアルド・ブロバローネもいた。デュエットというボートテールは、彼が世に送り出したといってもいいかもしれないね。
 

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——デュエットってジュリアベースのモデルなんですか?

松本 1600スパイダーは105系のジュリアスプリントの成功によって生まれたモデルなんだけど、ピニンファリーナで製造するときにホイールベースを2350mmから2250mmへ変更したんだよ。その影響かは分からないけど、1990年代に数台のデュエットに試乗した際、ドアがゆがんだりする、いわゆる剛性不足をまったく感じなかったんだ。

——オープンカーなのにすごいな……。

松本 ほら見てよ、この大きなトランクフードの閉まり方。質感が良いでしょ? 実はこれ、当時はプジョー 404クーペなどと、同じ工場内で生産されていたんだよ。

——様々なメーカーの車種を同じ工場のラインに流すのってすごいですね。

松本 とても進歩的だよね。

——スペックというか性能面ではどうなんですか?

松本 1966年の車なのに、四輪ディスクブレーキでオールアルミエンジン、しかもDOHC。当時の僕だったら震えがくるスペックだったよ。これはスプリントGTVと同様のユニットなんだ。このエンジンって前にも触れたかもしれないけど、往年のレーシングスペックそのものだったんだよ。排気バルブは熱に強くするためにナトリウムを封入していたり、バルブシートもリン青銅という高価なものを使っていたんだ。

そしてこのエンジンで感激したのがバルブのタイミングをとる調整穴。当時これほど細かくバルブタイミングを変えられる車はなかったんじゃないかな。フェラーリの12気筒も調整は可能だったけど、DOHC はINとEXを変えられるので乗りやすいバルブタイミングにすることが可能なんだ。ほんと勉強になるエンジンだよ。

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——こういう話を聞くと、アルファ ロメオのすごさが改めて分かりますよね。

松本 トランスミッションはポルシェタイプシンクロの5速。吸い込まれるようなシフトフィールが最高なんだ。ちなみに、この時代のフェラーリのトランスミッションもオーバーホールしたけど、ポルシェタイプだったね。デフケースはアルミ製でデザインも素晴らしい。こうした見えない部分を覗いてみると、本当の価値が分かるよね。特にこの当時の105系のアルファ ロメオはね。

——松本さんは1600スパイダーやらデュエットやら名前を使い分けますが、これはデュエットじゃないんですか?

松本 うーん。正式名は1600スパイダー、1750スパイダー、1300ジュニアスパイダーなんだ。でも、バッティスタ・ファリーナとレジェンド的なデザイナーであるアルド・ブロバローネが一緒に作ったモデルということで、最初に提案されたモデル名はデュエットだったんだよ。だけど、登録商標の問題で使えなかったんだ。だからデュエットは敬意を込めた俗称みたいなものだね。

——なるほど、やっと理解できました。

松本 その2人が作ったという意味でも価値があるんだけど、さらに言うとバッティスタ・ファリーナが最後に指揮したモデルなんだよね。それらを理解しているとこの車の価値が分かると思うね。
 

アルファ ロメオ スパイダー1600

1966年に登場した、デュエット(二重唱)という愛称をもつ2シーターオープン。ボートテールと呼ばれるリアスタイルが特徴的なこのシリーズⅠは、ピニンファリーナの創設者であるバッティスタ・ファリーナがデザインを担当。ジュリアをベースとし、エンジンなどのコンポーネントもジュリアのものが用いられている。

※カーセンサーEDGE 2022年11月号(2022年9月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏