これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍モデルたちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
名門グランプリメーカーが作ったプレステージカー
——今回は取材時に松本さんが見つけた車にしてみました。正直あまり知らない車ですが……。
松本 僕は歴史に残るような車を、車好きの読者を含め、もっと多くの人に知ってもらいたいんだよ。それで、先日取材したときに奥にひっそりと佇んでいたこの車を見つけてね。正直言ってグッときたね。
——みなさんに知ってほしい車、ということですね。
松本 そうだね。僕は基本的に美しい車が好きなんだ。しかも、自分が生まれた1966年あたりのモデルは特に惹かれる。僕が今まで所有してきたモデルも圧倒的にその年代が多いんだよ。
——なるほど。思い出補正みたいなものですね。
松本 今回の車がこれ、マセラティ ギブリSS。デザインは泣く子も黙るジョルジエット・ジウジアーロなんだけど、この当時はカロッツェリア・ギアというところに籍を置いていたんじゃないかな。
——カロッツェリア・ギアは聞いたことありますね。カルマン・ギアも関係あるんじゃないですか? あと最近までフォード車にバッジが付いていなかったでしたっけ?
松本 おぉ、知ってるねぇ。もちろんカルマン・ギアもそうで、ギアのデザインでカルマン社が製造したモデルだよね。そういえば若い頃、僕はフォード テルスターワゴン・ギアという車に乗っていたんだよ。車がエンブレムに負けてた、不思議な車だったね(笑)。それほど貫禄のあるエンブレムだったなぁ。確か、カロッツェリア・ギアは70年代にフォードに買収されて現在に至っているんじゃないかな。だからフォード車にはいろいろとギアという名が付いているんだよね。
——あー、なるほど。そういう流れなんですね。
松本 さて、今回の名車ギブリSSなんだけど、今見てもこれほど伸びやかでエレガントなボディって、そうそうないんじゃないかと思うよ。アストンマーティン DBSなんかは間違いなく影響を受けているよね。古い映画で恐縮だけど『太陽が知っている』という映画があってね。アラン・ドロンやジェーン・バーキンなどそうそうたる顔ぶれが出演していた映画なんだけど、そこにギブリが出てるんだよ。裕福を象徴する車として登場するんだけど、とても印象に残っていてね。時代の潮流に乗るためにマセラティは60年代から、フェラーリ 410などに代表されるような、ド級のプレステージスーパーツーリングモデルをラインナップしていくんだ。それには、フェラーリのようにグランプリの流れをくんだハートが必要だったんだ。そこで白羽の矢が立ったのが、世界スポーツカー選手権に勝つために生産されたマセラティ 450Sというワークスモデルなんだ。この車のV8エンジンは4.5Lで、400馬力以上を発生していたといわれていてね。相当のポテンシャルをもった純レーシングエンジンだったんだ。そのユニットをベースにしたロードゴーイングカーであり、コンフォータブルなグランツーリスモがギブリなんだよ。
——フェラーリ 275とかデイトナ、ランボルギーニだとミウラとかが同時代ですよね? ライバル的関係だったんですか?
松本 ライバル関係というより、グランプリメーカーであるマセラティが作るプレステージカーこそ、その方向性を示したモデルと言った方がいいね。なんたってマセラティはフェラーリよりも歴史が古く、しかもレーシングカーのみの販売で、国から援助があったアルファ ロメオと互角に戦った会社なんだよ。マセラティも本当はレーシングカー一筋で行きたかったと思うけど、60年代に入る前にワークスが撤退してしまうんだ。その時の最後のワークスエンジンに手を入れたのがギブリが積んでいるエンジンで、V型8気筒としてはまさに最高峰だったろうね。
——話を聞いてるだけでもう凄い車じゃないですか……。
松本 でしょ? ミッドシップやV12に立ち向かうワークス譲りのV型8気筒、そしてFRだからね。しかもエレガントなスタイリング。明らかに他のプレステージカーとは違っていたんだ。ギブリは1966年のトリノショーでデビューしたんだけど、その時は4.7Lまでキャパシティを大きくして、さらにウェーバー製のキャブレターを4基も積んで310馬力を発揮したんだ。最高速度は250km/hだから十分すぎるグランツーリスモなんだよ。1967年から73年までの6年間だけ生産されてね。クーペとスパイダーを合わせて1170台ほどが作られたといわれているんだよ。
——かなり少ないですね。ビジネスとして成立してたんですかね?
松本 この当時としては成功した部類だと思うよ。僕が以前に乗っていたポルシェ 911Sがクーペだけで530台、タルガを含めても1200台には届かなかったからね。ド級のプレステージカーとしては大成功なんじゃないかね。しかもアメリカをメインにせずの販売だからね。アメリカ頼みの時代にあってもこういうこびないイタリアン魂は、どんなメーカーでも好きだなぁ。
——ちなみにSSってどういう立ち位置なんですか?
松本 SSはハイパワー仕様のモデルなんだよ。ギブリSSはドライサンプはもちろんだけど4.7Lから5Lまでスープアップして330馬力まで出力を上げているんだ。
——しかし綺麗なボディデザインですよねぇ。
松本 当時、ギブリは一台一台をハンドメイドみたいに作っていて、ビスポークみたいなモデルだったからね。
——なんか他にはないグランドツーリスモ感が伝わってきますね。ただパワーがあるだけではなく上品さもあって。
松本 ホントにわかるの(笑)? 僕が思うには、ただスピードを狙うフォルムやエンジンだけでなく、裕福な人々が好むスタイリングにしてる点がいいんだよね。決して派手すぎないインテリアとのバランスもいいし、英国車に似た気品を感じさせるモデルだと思うんだよね。マセラティの量産FR史上、最初で最後のエレガンスプレステージモデルこそマセラティギブリSSだと思うんだよね。
マセラティ ギブリ
ギアに在籍していたジウジアーロがデザインを手掛けた、2シーターのグランツーリスモ。鋼管フレームを用いたファストバックスタイルに仕立てられ、マセラティ初のリトラクタブル式ヘッドライトを採用する。そして1970年、さらに高性能なギブリSSが登場した。
※カーセンサーEDGE 2022年8月号(2022年6月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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