大内 誠


車で我々に夢を提供してくれている様々なスペシャリストたち。連載「スペシャリストのTea Time」は、そんなスペシャリストたちの休憩中に、一緒にお茶をしながらお話を伺うゆるふわ企画。

今回は、日本における透視図の第一人者として活躍する、イラストレーターの大内 誠さんとの“Tea Time”。
 

大内 誠

語り

大内 誠

おおうち・まこと/1949年3月、茨城県生まれ。法政大学工学部2部卒業後、自動車評論家・星島浩氏に師事。モ-タ-マガジン誌オートスコープ欄に自動車透視図を連載。1979年にドイツミュンヘン在住のテクニカルイラストレーター、H.シュレンツイッヒ氏に師事。1年半の自費留学を終え帰国後、活動を再開。現在も日本における透視図の第一人者として活躍している。

カーデザイナーの夢は挫折、イラストレーターの道へ

小さい頃から運動はからきしダメで、家で絵を描いたりプラモデルを作るのが好きな、今で言う“オタク”な子供でした。

そして、当時から車も大好きで、中学生ぐらいになると「カーデザイナーになりたい」と思うようになったんですが、どうにも成績が追いつかなくて(笑)、これはちょっと難しいなと。

でも車がやっぱり好きだったので、当時の自動車カタログには必ず載っていたメカニズムの“透視図”をよく模写していたんです。

そして、高校を卒業する頃に、親のツテをたどってスバル 360を手がけた工業デザイナー、佐々木達三さんにお会いする機会を得ました。

その際に自分の描いた作品を見ていただき、「自動車の絵を描く仕事をしたい」と相談したら、「とにかく大学に行きなさい」と言われて。あわてて夜間の工学部に滑り込み、夜は学校で勉強、昼間は修業のつもりで印刷屋で働いていました。
 

人生を変えたル・マン観戦とミュンヘンでの修業

車の透視図は戦前からあって、欧米では“レントゲン・イラスト”とか“X- RAYイラスト”などと言われますが、とくにイギリスでは盛んでした。

1960~70年代は現在のような3D技術がなかったから、とにかく需要が多かったんです。僕の場合、最初は見様見真似の自己流だったんですが、それでもスバル R2の透視図を皮切りに、スズキ フロンテやヤマハのオートバイなど、それなりに仕事の依頼が入ってきました。

そうして気づけばプロのイラストレーターになっていたんですが、20代半ばに転機となる出来事がありました。1974年の「ル・マン24時間レース」の観戦ツアーに参加して、初めて海外に行ったんです。

そのとき「海外に住んでみたい」という気持ちが芽生えて、2年後にはドイツに自費で渡航、ミュンヘンに住むシュレンツイッヒさんという著名な先生に弟子入りしたんです。

そこで初めて、座標を使った透視図の描き方や技術を教わって、正確かつ速く描けるようになりました。

我ながらよく思い切って行ったなと思いますが、あのおかげでその後の仕事があったんだと思います。
 

大内 誠 ▲作品の一つ、シェルビー コブラ。正確なだけではなく、見る人を感動させるアート性がある(イラスト:本人提供)

1台を描くのに約1ヵ月“ふつうの車”ほど難しい

1台を描くのに、下絵だけで1週間から10日、ペンを入れて色をつけて完成までは1ヵ月ほどかかります。

僕は初めに車全体の写真を撮り、それをもとに座標を入れてパースを計算し、フロントまわりから少しずつ、ジグソーパズルを組み上げていくように進めていきます。根気のいる作業で、朝から晩までずっと机の前……なんてことも。

でも、今も変わらず根が車好きのオタクで、積極的に外で遊ぶような人間ではありませんから、とくに大変だと思ったことはないですね。普通の人なら耐えられないかも(笑)。

数え切れないほどの透視図を描いてきましたが、絵になりやすいのはV8とかV12エンジンの車でしょうか。逆にカローラのような“ふつうの車”ほど描くのが難しかったりします。

僕らが描く透視図は単なる解説図ではなく“作品”でもあるので、正確さとともに美しさやカッコよさを表現しなきゃいけない。リアルとアート、その間にあるのが透視図ですね。

最近は3D技術が進み、我々“職人”の出番はめっきり減ってしまいました。これからEVの時代になるとさらに需要は少なくなるでしょうね。

とはいえ、作品としては描き続けますので楽しみにしてください。今描いてみたい車? 昔のF1マシンかな。1950年代にH型16気筒エンジンを搭載したBRM(British Racing Motors)とか、描いてみたいですね。
 

大内 誠 ▲取材当日、座標が示された下絵をお持ちいただいた。驚くほど精緻で、根気のいる作業だということがわかる
大内 誠
文/河西啓介、写真/阿部昌也
※情報誌カーセンサー 2021年9月号(2021年7月20日発売)の記事「スペシャリストのTea Time」をWEB用に再構成して掲載しています