▲大ヒットしたマツダ(ユーノス)ロードスター(1989年)に続き登場した2シーターオープンのビートとカプチーノ。AZ-1はガルウイングドアを採用、スペシャリティ性では2モデルの上をいきます ▲大ヒットしたマツダ(ユーノス)ロードスター(1989年)に続き登場した2シーターオープンのビートとカプチーノ。AZ-1はガルウイングドアを採用、スペシャリティ性では2モデルの上をいきます

軽自動車のパワー競争の先にあった、走る楽しさの追求

15年ぶりに復活したスズキ アルトワークスの登場で、軽スポーツが盛り上がっています。そして軽スポーツで忘れてはならないのが2シーターオープンモデル。2015年に登場したホンダ S660と、2014年に2代目へとフルモデルチェンジしたダイハツ コペン。どちらも軽自動車の枠を超え、走りを楽しみたい人から絶大な支持を受けています。

少し振り返ると、スポーツカーが車の花形だったのは1980年代。軽スポーツは今では考えられないくらい盛り上がっていました。当時は自動車税の制度が現在と異なり、いわゆる3ナンバー車(普通乗用車)のハイパワースポーツカーを若者が買うのは夢のような話でした。5ナンバー(小型乗用車)のライトウェイトスポーツでも維持費が大変……。そこで10代~20代の若者が注目したのが軽自動車のスポーツモデルです。

アルトワークス、ダイハツ ミラTR-XX、三菱 ミニカダンガンなど、激アツの軽ホットハッチはスポーツカー好きの若者たちの心を捉えました。もちろんパワー的には大排気量車や小型スポーツにはかないません。しかし、軽ベースのスポーツカーは圧倒的な軽さを武器に、上のクラスのスポーツカーでは味わえない走りで多くの人を魅了したのです。

そして軽スポーツの世界では激しい開発競争が勃発し、独自の文化を築いていきます。軽自動車の最高出力は現在でも64psという中途半端な数字がMAXとなっています。これは激化した軽自動車のパワー競争に歯止めをかけるため、1987年のアルトワークスの最高出力である64psを上限に自主規制が行われたからなのです。

パワー競争が落ち着きを見せた1980年代終盤は、いわゆるバブル景気の真っただ中。軽自動車メーカー各社はこれまでにないモデルの開発に着手します。それはスペース効率を高めたい軽自動車であえて2シーターにし、走りの性能とプレミアム性を高めた軽スポーツ。

そしてバブル景気の終盤、またその崩壊直後にあたる1990年代初頭に相次いでデビューしたのが、頭文字をとって「軽ABCトリオ」と呼ばれ現在でも語り継がれる3モデルでした。A=マツダ(オートザム) AZ-1、B=ホンダ ビート、C=スズキ カプチーノです。

ガルウイングを採用したスペシャルな軽 マツダ AZ-1

▲頭の上にガバッと開くガルウイング。ドアの窓の開口部は極めて小さく、高速道路ではドアを開けないとチケットが取れません ▲頭の上にガバッと開くガルウイング。ドアの窓の開口部は極めて小さく、高速道路ではドアを開けないとチケットが取れません

1980年代後半から始まったマツダの販売系列の5チャネル化。そのうち軽自動車や小型車を中心に扱っていたのがオートザム店でした。AZ-1はそのオートザムの名を冠し登場した軽2シータースポーツです。

最大の特徴は左右のドアをガルウイングにし、スーパーカーのようなプレミアム性を持たせたことでしょう。ガルウイングドアを採用した国産量産車は現在までAZ-1とトヨタ セラしかありません。

しかしAZ-1の本質は別のところにあります。それはおよそ市販車とは思えないクイックなハンドリング。ステアリングを左右に目いっぱい切ったロック・トゥ・ロックはわずか2.2回転。ファミリーカーの代表であるホンダ ステップワゴン(3代目)のロック・トゥ・ロックが3回転半ですから、AZ-1のハンドリングがどれだけクイックかわかるはず。

シート後部に搭載されるエンジンは、軽自動車販売で関係の深いスズキのアルトワークスに搭載された直3DOHCターボを採用。足回りもアルトワークスから流用されました。ただ、あまりにも特殊なモデルだったこともあり販売台数は低迷。3モデルで最も希少性の高い車種となります。

▲1992年デビューのマツダ AZ-1には、マツダスピードが開発したエアロパーツをまとうスペシャルバージョンや、M2が企画したモデルもありました ▲1992年デビューのマツダ AZ-1には、マツダスピードが開発したエアロパーツをまとうスペシャルバージョンや、M2が企画したモデルもありました

NAエンジンで64psを達成 ホンダ ビート

▲NAで64psをたたき出したのがホンダ ビート。そこにはエンジンメーカーとして名高いホンダの意地を感じます。ビートの後、NAで64psというスペックを出した軽自動車はありません ▲NAで64psをたたき出したのがホンダ ビート。そこにはエンジンメーカーとして名高いホンダの意地を感じます。ビートの後、NAで64psというスペックを出した軽自動車はありません

1991年5月に登場したビートは、世界初のミッドシップフルオープンモノコックボディを採用したモデルとしてその名を世界に知らしめました。前年には世界初のオールアルミモノコックボディを採用したNSXが登場。どちらもMRの駆動方式を採用していることから、兄弟モデルのように語られることもあります。

他にも軽自動車として初めて四輪ディスクブレーキを採用し、前後ともストラット式サスペンションに。車速に応じてボリュームを自動調整し、オープンエアでも好きな音楽を存分に楽しめるスカイサウンドシステムを搭載したグレードも設定されました。

ビートに搭載されたE07Aエンジンは、8100rpmで自主規制いっぱいの64psを発生。他のモデルと違うのは、これをターボではなくNAでやってのけたことです。超高回転型エンジンということもあり常用域でのパワー不足は否めず、発売当初から「遅い」とやゆされた部分もあります。

ただ、裏を返すと一般道でも回して走る楽しさを味わえる稀有なモデルとも言えます。数値では表せない魅力を備えたビートは、軽ABCトリオの中で最も販売台数が多いモデルとなりました。

▲運転席後ろにエンジンを置いたMR方式を採用したビート。そのため積載量はわずか。カタログに「テニスラケットが2枚積める」と堂々と書いてあったのが衝撃的でした(笑) ▲運転席後ろにエンジンを置いたMR方式を採用したビート。そのため積載量はわずか。カタログに「テニスラケットが2枚積める」と堂々と書いてあったのが衝撃的でした(笑)

軽さを武器にしたFRピュアスポーツ スズキ カプチーノ

▲軽量ボディに64psターボを載せたため、加速性能は3モデルの中でずば抜けています。51:49という理想的な前後重量配分も話題に ▲軽量ボディに64psターボを載せたため、加速性能は3モデルの中でずば抜けています。51:49という理想的な前後重量配分も話題に

スポーツカーの王道であるパッケージングに、フロントエンジン、リアドライブ(FR)があります。しかし限られたスペースで居住性を確保する軽自動車ではスペース効率に優れるフロントエンジン・フロントドライブ(FF)方式を採用するのが一般的。アルトワークス、ミラTR-XXなど軽ボンネットバンをベースにしたスポーツモデルはすべてFFでした。

カプチーノはそこにあえて反するように、FR専用モデルとして登場。そのため軽自動車ながら、スポーツカーの伝統であるボンネットが長いロングノーズ・ショートデッキなスタイルとなっています。サスペンションは軽自動車初の四輪ダブルウィッシュボーンを採用しています。

搭載エンジンは年式により異なります。1991年のデビューから1995年4月までは3代目アルトに設定されたワークスと同じF6A型になりますが、1995年5月のマイナーチェンジで4代目アルトのワークスRS/Zが採用するオールアルミ製ターボエンジン(K6A型)に変更。

前期型も車両重量700kgと軽ABCトリオ最軽量でしたが、マイナーチェンジで車両重量は690kgまで軽量化されました。

▲カプチーノのルーフは取り外し式のパネルに。フルオープン、タルガトップなど4つのバリエーションが楽しめました ▲カプチーノのルーフは取り外し式のパネルに。フルオープン、タルガトップなど4つのバリエーションが楽しめました

軽ABCトリオには現代の軽スポーツでは絶対に味わえない走りがある

そんな軽ABCトリオはデビューから約25年たち、ビートとカプチーノはともに200台強、AZ-1は30台弱と流通台数が減少傾向にあります。どれも走り込んだものが多いため状態のいい中古車はそれなりの価格がしますが、今後はさらにこの傾向が強まるのは間違いありません。

「だったらS660やコペンなど現代の軽スポーツでいいじゃん!」という声も聞こえてくるはず。もちろんそれは正しい選択です。しかし現代の車とこの時代の車は決定的な違いがあります。それは軽ABCトリオには電子制御が皆無なこと。

車を誰もが速く安全に走らせるためには横滑り防止装置などの電子制御が不可欠です。一方でスポーツカー好きの中には、電子制御が入るとリニアな反応や車を操る楽しさがそがれると考える人も少なからずいます。そんな人たちにとって90年代初頭までのスポーツカーは欲求を満たせる数少ない選択肢なんですよね。

軽ABCトリオを狙っているなら今がラストチャンス。急がないとどんどん夢が遠のきますよ!

text/高橋 満(BRIDGEMAN)
photo/マツダ、本田技研工業、スズキ