“トヨタ ▲2014年に発表された市販型燃料電池車(FCV)の初代トヨタ MIRAI。水素を燃料に電気を発生させ、モーターで駆動させる

世界が注目している環境対策も突然の風で方針転換?

2021年の自動車業界において話題となったのが、7月に欧州委員会が発表した、2035年にEU圏内におけるCO2排出量を100%削減する、というメッセージ。言い換えればICE(内燃機関)の実質的廃止を打ち出したということだ。これに呼応したように日本政府(当時の菅内閣)も2050年カーボンニュートラル、つまり脱炭素社会の実現を目指すことを宣言した。今更ながら、自動車大国のひとつである欧州が右を向けば右、というのは悪い癖だと思うが、我々マスコミに属する人間も「これからはEVの時代だ!」と声高に報道したことで、多くの人にちょっとした“勘違い”を生んだのも事実だろう。意見は様々なので、それ自体を否定するつもりは毛頭ない。しかし、あまりにも性急すぎるというか、まるでEV(正確にはバッテリーのみで動かすBEV)が今後の主流になる、的な考えがまん延したことは問題ではないだろうか。

小言はここで止めておくが、言いたいのは、もっとエネルギー問題に関しては多様性をもって対応した方が良いという点だ。そんなに一気に物事が動くこと自体があり得ないわけで、BEVにもメリット/デメリットは存在する。ただし、各自動車メーカーやサプライヤー、そして政府が確実に歩みを進めているのは事実である。

と言っている間に、ドイツは政権交代により、方針を修正。EVの保有台数は2030年までに1500万台まで増やしつつ、その一方であれほどたたいていたガソリン車の販売禁止は見送っている。もちろん政治が絡むとろくなことはないが、アナリストの中にはICEの実質的廃止を打ち出すことは「時期尚早」という声も少なくないのである。
 

世界に誇れる技術を搭載しながら、やはり売れなかった悲運の車

“トヨタ ▲旧型となる初代MIRAIは154psのモーターを搭載。122.4Lの高圧水素タンクを積み、航続距離は650kmとされた。

さて、今回のお題に選んだのはトヨタが世界に誇る(本当にそう思っている)FCV(燃料電池車)のMIRAI(ミライ)である。

実はこのMIRAI、初代の生産は2020年9月に終了しているが、筆者はその時から中古車の動きをウオッチしていた。

初代ミライのスペックや航続距離、そして中古車相場などについては同業者の伊達軍曹氏がカーセンサー.netで詳細に調べているのでそちらを参照してほしいが、きっかけとなったのは知人でMIRAIに乗っていたユーザーからの「下取りがあまりにも低くないか?」という質問からだった。

2014年11月の発売当初の新車希望小売価格は723万6000円と、同社のクラウンも十分買える金額。補助金を活用することで500万円台で購入できたとはいえ、「こんなすごい車を700万円台で量産化するなんて、トヨタは何てクレージーなんだ(褒めている)」と某欧州メーカーの開発者が驚いたという。このことからも、トヨタの技術力の高さが証明されていると言って良いだろう。

しかし、どんなに車が良くても、デザインの好き嫌い、そして圧倒的に少ないインフラ(水素ステーションの営業時間を含め)から、どうやっても販売台数が伸びなかったのは事実だった。

この状態のまま初代は2020年11月に2代目にスイッチしたが、当初の崇高なまでの車作りや技術力は一部の人のみに評価されただけで、初代はその役割を終えることとなった。
 

1年以上ウオッチしてきたトヨタMIRAIの中古車に驚きの動きが

初代の販売終了後、中古車の動きを見て驚いたのは何よりもその相場の安さ。

約1年前から相場や流通台数を調べていて感じたのは、法人需要の多さから状態の良い中古車が多かった点。また、個人所有の場合は、イノベーター層が飛びついたが、飽きてしまい早々と手放したことで走行距離がそれほど延びていないにも関わらず、200万円前後で販売されていた物件もあったほどだ。

要は「お買い得」ということなのだが、充電スタンドもかなり増えたEV&PHEVに比べれば、FCVの最大のネックは「水素ステーション」の不足である。

これに関しては後述するが、1年前の調査時は初代MIRAIの中古車物件数は約40台だった。しかし、そこに大きな変化が訪れる。東京オリンピック・パラリンピックで使用された車両が中古車市場に入ってきたことだ。

これによって、オリ・パラ終了後は流通量が増加し、この原稿を書いている段階で全国で88台まで増えている。

ただ、オリ・パラで使われた車両はホワイトボディにカッティングシートなどでデコレートされた専用モデルだ。カッティングシートなどは業者に頼めば外すことはできるものの、これを購入し乗り続けることは、エリアによってはインフラ問題から、少しだけ勇気が必要かもしれない。

それでも、新車時700万円以上したFCVが300万円前後(平均価格は230万円前後)、走行距離も0.5万km以下というのは中古車としてなかなか魅力的だ。また、MIRAI自体は2014年の発売時からモノグレード構成となっており、車種選びのターニングポイントは2018年10月の一部改良でADASが進化した以外は、それほど変わっていないのも古さを感じさせないという魅力のひとつとなっている。

そして2018年以前のモデルであれば、200万円切りは十分狙えるレベルであり、それは伊達軍曹氏のレポートからも読み取れる。
 

“トヨタ MIRAI ▲2020年12月にモデルチェンジした2代目、MIRAI。レクサスLSと同じGA-Lプラットフォームを採用、182psのモーターが搭載される

最大のネックであるインフラ整備に光明が見えた

“イワタニ水素ステーション ▲こちらは2017年にオープンした、FCバスにも対応する、イワタニ水素ステーション 東京有明。ステーションは現地で水素を生産するオンサイト型と、生産された水素を運び込むオフサイト型が存在。こちらの有明はオフサイト型

今回、MIRAIを取り上げようと思った理由に、FCV普及のネックとなっているインフラ整備に、少しではあるが光明が見えてきた点にある。それが、高速道路のSAに水素ステーションが設置されるというニュースだ。

2021年11月25日、NEXCO中日本、中日本エクシス、岩谷産業の3社は東名高速道路(E1)足柄SA下り線に「イワタニ水素ステーション足柄SA(仮称)」設置することを発表、2023年春の開業を目指しているという。

これだけ聞くともう気が遠くなりそうな先の話に感じるかもしれないが、これはFCVだけなくモビリティ全体の進化のための「大きな一歩」であると思う。

元々、充電時間の長いEVに対し、充填時間の短い(3分程度、長くても5分くらい)のがFCVのメリット。もちろん水素ステーション内で水素が作れる「オンサイト式」と工場などで製造された水素を運んでくる「オフサイト式」によっては時間差は発生するが、それでもEVと比べれば比較にならないほど短時間で済む。

これまでFCV普及の足かせとなっていた課題のひとつが、コストの高いインフラ整備。確かに、ガソリンスタンド1基を設置する費用が7000万円前後といわれるのに対し、水素ステーションは桁がひとつ違う。つまり6億円前後かかる。極端な話をすれば、コンセントひとつあればエネルギーを供給できるEVの方が安上がりでないか、という意見も無視はできない。

ただ、ここで言いたいのは冒頭に述べたように「どれが一番いい」のではなく、道路環境や流通台数など数々のファクトから最適化したエネルギー供給を行うことが重要である、ということ。

実際、高速道路に水素ステーションが完成すれば、MIRAIのような乗用車の他、FCトラック(燃料電池トラック)の充填が可能になる。FCトラックの平均的な航続距離を割り出すこと(今はビッグデータがあるから大体のことはできるようになる)で、どのSAに設置すれば効率的なのかも見えてくる。2021年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」にも、これに準じた内容も盛り込まれている。
 

インフラ整備前にMIRAIの中古車はなくなる!? だからこそ、先物買いで手に入れるべき

“イワタニ水素ステーション ▲水素充填の様子。充填作業は資格を有するスタッフが行う

2021年9月現在の水素ステーションの数は4大都市圏を中心に155ヵ所が開業している。数としては少ないが、2020年5月に調査したときは130ヵ所、116基であったことから考えればインフラ設置費用などから考えても健闘していると思う。

また最近感じたのは、高速道路のランプの近くに水素ステーションが設置されていることが多いということ。つまり高速に乗る前、降りた後に充填できれば、エリアにもよるが日常での使い勝手は思ったより厳しくないと考える。また、当初は朝9時から夕方5時までという営業時間も昨今は都市部で夜9時まで営業しているステーションも増えてきている。ただし、人件費や長時間の貯蔵に不向きな水素の特性などから、24時間営業というのは現状では難しい。

しかし、それらを含めたうえで自分のライフスタイルはFCVに対応できるのかをしっかり見極めることができれば、ベタな言い回しだが、まさにFCVで「未来を日々感じることができる」カーライフが送れるはずだ。正直、筆者も欲しい中古車のひとつがMIRAIである。

まとめとして伝えたいことは、初代MIRAIの中古車は非常に狙い目であり、購入のチャンスということ。そこで今のうちに手に入れてしまい、歩みは遅いがインフラ整備の進化とともに暮らすカーライフもこれはこれで面白い、という点である。

これによって、ひょっとしたら逆に内燃機関やEVの良さも見えてくるかもしれない。

オリ・パラ車両はもう少しの期間、市場に流通してくるだろうが、それもすぐ終わる。初代MIRAIはやがて手に入れることすら困難になるほど流通量が少なくなる21世紀初頭の発明モデルだからこそ、なる早で手に入れることをオススメしたい。
 

“イワタニ水素ステーション ▲水素を車両に充填するための水素ディスペンサー
文/高山正寛 写真/トヨタ、岩谷産業株式会社

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