「スープラは多くのファンに育ててもらって名車になった」レーシングドライバー・脇阪寿一が考える“名車”とは?
2019/03/30
昔から現在の車までを知り尽くすプロの人たちにインタビューし、“名車”というテーマで語ってもらった。すると思想や技術だけではなく、関わる人たちの熱いスピリットが時代を超えて脈々と受け継がれていることが分かった。彼らの言葉や想いを知れば、現在の車に対する見方がガラリと変わるはずだ。

スープラはあくまでも“走るための道具”だった
ドライバーとして、そして監督として多くのモータースポーツシーンで活躍している脇阪寿一(わきさかじゅいち)さん。世の中には“名車”といわれる車がありますが、脇阪さんが考える名車とはどんな車なのか、モーターライフスタイリストとして多方面で活躍中の河西啓介さんが迫ります。


今日乗ってきてくださったスープラ(A80型)は、最近購入されたものですよね。やはり脇阪さんの世代だと、昔から「スープラ」という車への憧れがあったのでしょうか。

いや、じつは僕、子供の頃から車にまったく興味なかったんですよ。自分の“負けず嫌い”を表現する道具として車に乗るようになっただけで。

え、いきなり予想外の答えです。当然、若い頃から車好きだったのだと思ってました。

じつはうちの親父がちょっと変わってて、魚釣りでも虫捕りでも、かけっこでも、子供に本気で勝負を挑んでくるんですよ。それで負けると怒られるし、絶対認めてくれない。
だからいつも「親父に勝ちたい」と思ってた。19歳のとき、幼なじみだった道上龍(レーシングドライバー)がカートのレースに出るというんで観に行ったんです。
そこで「乗ってみる?」と勧められてハンドルを握ったとき、「これなら親父に勝てるんじゃないか」と。そこから僕のレーサー人生は始まったんですね。

カートから全日本F3、フォーミュラ・ニッポンなどで活躍され、2001年からはスープラ(A80型)でスーパーGTを戦っていますよね。

そうですね、2002年にはスープラで初めてGTのシリーズチャンピオンになった。
でも正直に言えば、そのとき車は、僕にとって“勝つための道具”でしかなかった。で、「僕が乗れば勝てるでしょ」と思ってた。
ほんと自信過剰で……人間ができてなかったんです。


「車に恩返ししなさい」その言葉にハッとした

車に対する気持ちが変わってきたのは、2010年にトヨタの「GAZOO Racing」でニュルブルクリンク24時間レースに参戦してからですね。
チームの中心だったトヨタの豊田章男社長、マスターテストドライバーの成瀬弘さんがいつも「もっといい車を作ろう」、「車の素晴らしさ、魅力を伝えよう」ということを仰っていて、一緒に戦っているうちに「車を好きになるってどういうことだろう?」と考えるようになった。

GAZOO Racingでは豊田章男社長自身がドライバーとして参戦されていましたよね。

そんなとき知り合いから言われたんです。
「今度は貴方が車に恩返ししたらどうですか!? 車は美術品と一緒で、名車と呼ばれる様な、ましてやオリジナルの状態で残っている車は、歴史的に貴重なもの。わかっている人が所有して状態を保ち、未来へ継承するべき。あなたならそれができるよね」と。

それでスープラを手に入れることになるわけですね。

じつは最初、ナロー・ポルシェを探してたんです。
でもなかなかオリジナルでいいモノが見つからなかった。そこでスープラはどうかなと。「カーセンサー」を見て探してたら(笑)、山梨のショップによさそうなのがあったので見に行ったんです。

おお! カーセンサーを利用していただいたんですね。ありがとうございます(笑)。

ショップに行って試乗させてもらったら、なんだかすごく楽しかった。
すぐ織戸さん(レーシングドライバーの織戸学さん)に電話で「こんな車があるんだけど」と相談したら、「そういう車はなかなか出てこないよ」と。

それで購入したんですね。脇阪さんがSNSに「スープラ買いました」とアップされたときは、ネットがかなりザワつきました(笑)。

そうそう、SNSに上げたら、たまたまジュネーブショーで新型スープラが発表された日だった。
おかげでトヨタの“仕込み”だと思われたみたいだけど、100パーセント自腹購入ですから(笑)。
スープラが名車になったのは、多くのファンが育てたから


それにしてもこのコンディション、とても20年近く前の車とは思えません。

最初は内装ボロボロだったしタイヤも古かったから、あちこち手を入れましたよ。
実は買った後に気づいたんだけど、このスープラは2002年式、つまり僕がスーパーGTでタイトルを取った年の車で、なおかつ80型スープラとしての最終モデルだった。
乗り味も当時のままで、当時のテストドライバーに乗ってもらったら「これは80スープラの開発にも携わっていたマスターテストドライバー成瀬弘さんが最後に味付けした、遺品のような車ですね」と言われた。
あらためて「これは貴重な車を手に入れたな」と思いました。

新たに発表された新型も世界中の自動車ファンから大きな注目を浴びていますよね。やはり「スープラ」というのは特別な車なんですね。

スープラが今も人気なのは、単に直6エンジンのFRスポーツカーだからという訳じゃないと思うのです。
その車に乗って、愛した人たちがストーリーを紡いで育てていったからこそ、多くの人がその名前に憧れて「名車」と呼ばれるようになったと思うんですよ。

脇阪さんがスープラでスーパーGTのチャンピオンになったのも、そのストーリーの一部になっていると思います。

どんな車も最初から名車なんじゃない。
自分が「これだ」と思う車を手に入れて、名車に育てていけばいいと思う。だから新型の90スープラも注文したんですよ。きっと名車になるでしょう。僕が育てますからね!


レーシングドライバー
脇阪寿一
1991年にカートを始め、翌95年に全日本F3選手権に参戦し新人賞を、翌96年には日本人として6年ぶりとなるシリーズチャンピオンを獲得。その後全日本GT選手権(現SUPER GT)に参戦し、02年には「エッソウルトラフロースープラ」のステアリングを握り、シリーズチャンピオンに。現在は、Team LeMansの監督を務めるとともに、TOYOTA GAZOO Racingアンバサダーとして、多くのイベントにて車やモータースポーツの楽しさを発信している。

モーターライフスタイリスト
河西啓介
自動車やバイク雑誌の編集長を務めたのち、現在も編集/ライターとして多くの媒体に携わっている。また、「モーターライフスタイリスト」としてラジオやテレビ、イベントなどで活躍。アマチュアコミックバンド「Dynamite Pops」のボーカルとしても20年以上にわたり活動している。
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