▲仕事場でもあるビルトインガレージ。そこは、愛車の格納場所であり仲間との語らいの場であり家族とのつながりも大切にするための複数の動線で結ばれていた ▲仕事場でもあるビルトインガレージ。そこは、愛車の格納場所であり仲間との語らいの場であり家族とのつながりも大切にするための複数の動線で結ばれていた

リフトまで備えた本格ガレージをもつ家|建築家・田邉恵一(田辺計画工房)

今回ご紹介する物件は、ガレージハウスというよりもプロ用のファクトリーと呼んだ方がイメージは近いかもしれない。事実、施主であるTさんは長年自動車販売業を手掛けていて、自宅はオフィスも兼ねている。

ただし、自動車に関わる仕事を生業としていても、そこは車には深いこだわりのあるTさん。

自宅を建てるにあたり研究に余念はなく、住宅専門誌に掲載されていたある作品に目がとまり、さっそく建築家に連絡をとった。それが、T邸の設計を手掛けた田邉恵一さんとの出会いである。

田邉さんは、本誌でも自邸をご紹介したことがある建築家で、自他ともに認めるカーガイである。当時は空冷のポルシェ 911を所有されていたが、先頃アウディ R8に買い替えたばかり。

そんなおふたりの思いが詰まったT邸は埼玉県さいたま市内にあり、JRの駅からは徒歩10分程度、高速道路のインターチェンジからも5分程度の距離と、都心からのアクセスは良好。

周辺はきれいに区画整理された閑静な住宅街で、T邸は大きくセットバックしていることと赤く彩られたガレージの扉により、強い存在感を放っている。2階部分には広いテラスが設けられ、そこを覆うように弧を描く屋根が特徴だ。

実はこのアーチ状の屋根は、田邉さんの作品の特徴であり、以前にお邪魔した自邸も都心の住宅街の中にあってひときわ目を引くシルエットを描いていたことを思い出した。

手動式の引き戸が、高揚感を高める

フェラーリのブラッドレッドをイメージして塗装したというガレージの扉は、3連の引き戸となっている。

これだけ左右に広いスパンを設けていれば、オーバースライダーやシャッターは難しいのかもしれないが、それよりも「利便性だけを求めれば電動式の方がメリットはあるのですが、あえて手動式を選びました。出かけるときには自身でスライドドアを開けることで『さあ、行くぞ!』と気持ちが高められますからね」と田邉さん。

愛車とともに外出する際には、少なからず儀式めいたことを行う……。

田邉さんらしいアイデアだが、日々重たい引き戸を開閉することを躊躇せずに受け入れたTさんも、遊び心をもった趣味人であるようだ。重厚感と重量感たっぷりの引き戸は、T邸のアイコンともいえる存在感を放っている。

▲あえて手動式の引き戸にしている、ウッディなガレージ扉。表面はフェラーリのブラッドレッドで彩られている▲あえて手動式の引き戸にしている、ウッディなガレージ扉。表面はフェラーリのブラッドレッドで彩られている

その引き戸を開け放つと、そこには往年の名車スバル 1000が2台並んでいた。しかも、どちらも一発始動の状態にあり、つねに絶好のコンディションに保たれていることがわかる。

すでに竣工後15年経つT邸だが、ガレージ内部を見渡しても経年の衰えは見えない。ガレージを含む1階がコンクリート打ち放しであることも、いつまでも新しい雰囲気を与えている理由となっているかもしれない。

内部は3台が余裕で並ぶだけの幅と奥行きをもっており、天井高も十分。1台分、天井が高くなっているところには本格的なリフトが設置され、このスペースがよりファクトリー然とした雰囲気に仕立て上げている。

ガレージ後方には事務所としても活用できるようにと設けられた小部屋があり、リフト後方には中2階の応接室へと繋がる階段がある。

この応接室の真下は、小型車なら十分に駐車できるスペースが確保され、そのまま裏庭への動線となっている。現在この空間は車いじりのためのツール類や資材の保管場所となっているのだが、ツールの一つひとつはどれも年季の入ったものばかり。

本格的なファクトリーとしての凄みが感じられるのは、こんな小物類の存在も見逃すことはできない。

▲スバル 1000の最大の魅力は「航空機エンジニアが、その時代の最先端をいく発想と技術で、コスト度外視でコンパクトカーを造ったところ」とTさん▲スバル 1000の最大の魅力は「航空機エンジニアが、その時代の最先端をいく発想と技術で、コスト度外視でコンパクトカーを造ったところ」とTさん
▲壁側には膨大な量のケミカルグッズが並ぶ。田邉さんの愛車アウディ R8が、まるで自分の住み処であるかのように静かに佇んでいるのはご愛嬌▲壁側には膨大な量のケミカルグッズが並ぶ。田邉さんの愛車アウディ R8が、まるで自分の住み処であるかのように静かに佇んでいるのはご愛嬌

Tさんが自邸を新築するにあたり、田邉さんへの依頼内容はいたってシンプル。

当時所有していた6台の車が置けるスペースを確保したガレージハウスであること。それに尽きた。

当時の所有車両はスバル 1000以外にBMW M3、フィアット バルケッタ、フォルクスワーゲン ヴァナゴン(23年間にも渡り現在も所有)、シトロエン BXブレーク、プジョー 206と、どれも強い個性をもつモデルばかり。しかも、どれもキャラクターがかぶっていない点からも、Tさんの車好きの深度が窺えるというものだ。

ガレージ内に設置したリフトも、銘柄を指定するほどのこだわりよう。リフト部分の天井高は、当時所有していたヴァナゴンを最大限にリフトアップしてもルーフが干渉しない高さに設計されている。

このようなTさんの希望を叶えるために、ガレージの間口を広く取る必要があった。

そこで強度の高いコンクリート構造を採用し、ガレージの前方には強度を保つための鉄柱を設けている。本来、この鉄柱がない方が空間を広く活用できるし見た目にもすっきりするのだが、そのためには天井部分のコンクリートを厚くしなければならず、前述のようにヴァナゴンをリフトアップするだけの天井高を確保できなくなってしまう。

このバランスを取るために、鉄柱を可能な限り細くし、ガレージ内での存在感を希薄にするように工夫されている。

▲ガレージ裏の廊下からは内部が見渡せる。ガレージへの動線が豊富なこともT邸の特徴のひとつ▲ガレージ裏の廊下からは内部が見渡せる。ガレージへの動線が豊富なこともT邸の特徴のひとつ
▲ガラスの向こうに見える黄色の扉がTさんの事務所。廊下は玄関ホールへと繋がっている▲ガラスの向こうに見える黄色の扉がTさんの事務所。廊下は玄関ホールへと繋がっている
▲ガレージ背後にある中2階には、来客用の応接室▲ガレージ背後にある中2階には、来客用の応接室

1階のコンクリート構造に対して、2階はコストとのバランスも考慮して木造とした。1階ガレージと2階リビングルームの間には大きなガラス窓が設けられており、一体感をもたせている。リビングルームにいる奥様とガレージ内で作業をするTさんとが、お互いに気配を感じられる距離感だ。この窓は2階のテラスまで繋がっていて、キッチンやリビングルームを明るく開放的な空間に仕上げている。

「1階のガレージ部分はわたしのワガママを通していますので、キッチンはカミサンの希望で眺望のよい東南の角になりました」と、車を優先したガレージハウスでありながら、奥様への気遣いも忘れていないTさんであった。

▲リビングルームからもガレージの様子を窺うことができる。Tさんと奥様とが、お互いの気配を感じながら暮らしていける工夫のひとつともいえる▲リビングルームからもガレージの様子を窺うことができる。Tさんと奥様とが、お互いの気配を感じながら暮らしていける工夫のひとつともいえる
▲玄関からガレージへ続く扉。通常の作業や、ちょっと思い立ってガレージに……というときに重宝しているという▲玄関からガレージへ続く扉。通常の作業や、ちょっと思い立ってガレージに……というときに重宝しているという

【施主の希望:6台以上の駐車スペースと、メンテ用のリフトも設置】
■当時所有していた6台の愛車たちを置けるスペースを確保することが最大の希望。ビルトインガレージには3台、小型車が入るスペースも含めると4台の格納が可能。十分な広さをもつ前庭部分にも3台の駐車スペースを実現している。ここにはTさんの仲間もしばしば集まっているようで、その際の駐車スペースや懇談する空間にも事欠かない。さらに本格的なメンテナンスを行いたいという希望もあり、リフトを備えることとなった。

【建築家のこだわり:コンクリート構造と木造とのバランスに注力】
■「苦労した点というのは、とくにありませんでした。敷地環境、そしてTさんや奥様の思いがしっかりしていましたので、計画はいたってスムーズでした。強いて苦労やこだわりを挙げるならば、1階はコンクリート構造ですが、なるべく広い間口のガレージを造ろうとするとおのずと構造がゴツくなり、2階以上の木造構造とのバランスが取りにくくなります。そこで、在来木造のスケールを壊さない構造デザインを実践したことでしょうか」

■主要用途:専用住宅
■構造:鉄筋コンクリート+木造3階建
■敷地面積:272平米
■建築面積:147平米
■延床面積:294平米
■設計・監理:田辺計画工房
■TEL:03-5768-2878

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正

※カーセンサーEDGE 2017年4月号(2017年2月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています