これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
“高級”を極めたスタイリッシュなクーペ
——今回はロールス・ロイスを取り上げたいんですけど、松本さんがおすすめのモデルはありますか?
松本 お、いいねえ。この企画で、というと少し昔のモデルがいいよね。ロールス・ロイスが最高級車であるということは、多くの人が自然と認識していると思うんだけど、それって実はすごいことだよ。そういう認識が世の中に定着した理由のひとつは、戦前まで出来の悪いモデルが1台もないといわれていることによるんだ。つまり、当時のロールス・ロイス車への世間の評価が最高級車への認識の礎となっているからなんだと思うな。戦前のロールス・ロイスは、シャシーとボディが別売りだったんだよ。セパレートシャシーっていうんだけど、ロールス・ロイスの許可があれば、オーナーが好みのコーチビルダーに依頼して好みの仕様に仕立てることが可能だった。しかし、戦後には標準モデルができた。これにより生産性は向上したんだけど、特別なコーチワークボディはほぼなくなってしまったんだ。とはいっても、戦後の車でもかっこよくてこの企画にふさわしいモデルはいくつもあるよ。
——例えばどんなモデルですか?
松本 スティーブ・マックイーン主演の映画『華麗なる賭け』に登場したシルバーシャドウの2ドアサル―ンだね。これは素晴らしいね。裕福を極めたような設定で、役とはいえマックイーンもさぞかし悦に入ったんじゃないかなあ。
——あの映画に登場したのはコーニッシュじゃないんですか?
松本 それが違うんだよ。そもそも、あの映画は1968年公開だから、1971年に発表されたコーニッシュは実はまだ存在してないんだ。シルバーシャドウはコンバーチブルもあるけど、2ドアサルーンの方が断然ノーブルでかっこいいんだ。1965年に登場したロールス・ロイス初のモノコックボディだったんじゃないかな。
——現代的な車になったというわけですね。
松本 そう。ただモノコックボディだとコーチワークボディが簡単に作れないし、作ったとしても非常にコストがかかるんだ。ところが、コーチワークボディを架装した、「カマーグ」という2ドアクーペがあるんだよ。
——良かった! 今回のモデルはMars Inc.さんで見つけたカマーグです! 早速見せてもらいましょう!
松本 おお、すごいな! カマーグは当時のロールス・ロイスの中でも弩級の高級車だよ。何と言ってもデザインは“泣く子も黙る”ピニンファリーナだからね。モノコックにコーチワークボディを架装するのは安全性も考慮しなくてはならないからノウハウが必要。すなわち、非常に高い技術力がないとできないということなんだ。
——ところで、ピニンファリーナとロールス・ロイスって、以前から関係があったんですか?
松本 1949年にロールス・ロイスのランニングギアを利用してピニンファリーナが車を作ったことがあるんだよ。そして、カマーグが登場するきっかけとなったモデルが、1968年のロンドンショーで披露されたベントレー T ピニンファリーナ クーペなんだ。このピニンファリーナのスペシャルモデルだけど、英国の著名な実業家であるジェームズ・E・ハンソン氏が提案したところ、セルジオ・ピニンファリーナが原価で作ってくれたそうなんだ。そして、このモデルを見たロールス・ロイスの首脳陣の反応がとても良かった。伸びやかな形状で、サルーンとはまた違う、でもロールス・ロイスらしいクーペスタイルがブランドにふさわしいと直感したそうなんだよ。そして、何より彼らがピニンファリーナのデザインと生産システムを評価していたからこそ、カマーグというコンチネンタルなクーペを作る運びになったんだろうね。
——そういう経緯があったんですね。そういえば、車名のカマーグってどういう意味なんですか?
松本 えっ! カマーグの意味知らなかったの? 地名だよ。南仏の湿原のようなところでとてもいいところだよ。塩田で有名な場所だね。南仏の地名をネーミングするところが、グランドツーリングの本家本元の英国って感じだよね。天候のいい南仏を目指して何事もなく駆け抜けるクーペ、というのをイメージしたんじゃないかなあ。
——技術的にはどうなんですか?
松本 モノコックボディで、四輪独立懸架に全輪ディスクブレーキ。しかも、フロントキャリパーはディスクの前後に装着されているんだ、制動力を大切にしたんだろうね。コーニッシュはマフラーが1本出しだったけど、カマーグは2本出しだからスポーティ性も主張したんだと思う。それと、君が好きなシトロエンの装置も取り付けられているよ。
——えっ!? シトロエンといえば、まさかハイドロ……?
松本 あたり! ハイドロニューマチックのアキュムレーターで車高を調整したようだね。ずいぶん進歩的だよね。それと、この時代ですでに完全なオートエアコンが搭載されていたんだよ。とにかく先進的な技術を盛り込んでいてね、当時の資料には28個のトランジスタが使われたって書いてあるんだ。
——松本さんはカマーグを所有しようと思ったことなかったんですか?
松本 何度も思ったけど、結局所有はしたことないなあ。こんな弩級のモデルなのにね。
——意外ですね。ところで、デザインのポイントなども教えてください。
松本 一気にコンチネンタルスタイル(欧州タイプ)になったよね。フロントで特徴的なのは7度に逆スラントしたグリル。ピニンファリーナは当初フロントに異形ヘッドライトを組み合わせたかったんじゃないかなあ。でも、ロールス・ロイス車でこれほどスタイリッシュなAピラーもないと思うことから、結果的にバランスを考えて使わなかったんだろうね。もしかしたら設計で使う単位がインチからメートル法へ移行したことも理由にあるのかもね。モダンなのはドア下からリアへと流れるプレスラインで、これはロールス・ロイスにはできないデザイン。サイドシルにはロールス・ロイスとピニンファリーナのダブルネームのプレート。これは価値がある。これほど高級を極め、採算を度外視したコンチェルトはもうない。ゆえに、カマーグの価値は計り知れない。1975年から11年間でわずか531台生産という珠玉のモデルだよ。
ロールス・ロイス カマーグ
2ドアクーペのコーニッシュをベースに、新たなデザインとよりラグジュアリーな仕立てのパーソナルクーペとして1975年に登場。デザインはピニンファリーナが手掛けており、ロールス・ロイスとしては前衛的なスタイルであった。コーチビルドは(当時、ロールス・ロイス傘下であった)マリナー・パークウォードが行い、生産台数はわずか531台とされる。
※カーセンサーEDGE 2024年9月号(2024年7月26日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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