これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍モデルたちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
ナナサンカレラの愛称をもつ“伝説”のホモロゲーションモデル
——ようやくですが、今回はかねてから撮影したかった、悲願というべきモデルの登場です。きっと感激していただけると思います。なんと、ナナサンカレラです。
松本 お~。よくこの関東圏でお宝モデルの撮影OKもらったね。
——はい。運良く素晴らしい個体の撮影をさせてもらえることになりました。こちらですね。
松本 これはすごく良い個体だね。最高じゃない。僕も今から30年前に欲しいと思ったんだけど、その時は800万円というお金が出せなくて、1967年式の911Sを購入したんだよね。
——その時って、ナナサンカレラに試乗とかもしたんですか?
松本 もちろん。町田在住のコレクターの方がとてもやさしくてね。10kmくらい運転させてもらったかなぁ。とても乗りやすくて驚いたことをよく覚えているよ。2Lの911Sに比べるとトルクフルでね。一段高いギアからでも加速するんだけど、その伸びが長くて最高だったよ。たぶん、ボッシュ製のプランジャー式インジェクションの調整もよかったんだろうね。
——今となってはなかなか試乗もできない車ですもんね。しかし、いろいろとビンテージモデルに乗っているのは知っていましたけど、ナナサンカレラにも乗っていたんですね……。
松本 そりゃそうだよ。乗らなきゃ何がすごいのかわからないじゃない。それに、当時は今ほど資料がないからディテールを見て違いを考察したりしたよ。乗せてもらったのはライトウエイトモデルだったはずなんだ。だから、軽量化されている分、ドアの閉まりも重厚な感じでなく、やや軽い感じがしたよ。エンジン出力は210psでボディの重量が960kgくらい。それでいて1100kgの911Sに比べて、パワーもトルクも勝ってるんだからそりゃ軽快だよね。
——ナナサンカレラって有名だけど、あまり詳細は知らないんですよね。エンジンとかもやっぱり凄いんですよね?
松本 そうだね。何が凄いって、レギュラーガソリン仕様のセッティングなんだ。それでこの性能、パフォーマンスだからね。
——エンジンは名前のとおり、2.7Lですよね? なんか大きくもなく、小さくもなく、中途半端な感じがするんですけどね。どうしてこの排気量なんですかね。
松本 これは結構苦労したそうなんだ。そもそもポルシェはレースのテクノロジーを量産車にフィードバックするスポーツカーメーカーでしょ? そのノウハウをふんだんに採用したモデルなんだ。しかも凄いのは、この車では少量ロッドではなくて量産モデルでそれをやったわけだからね。
——確かに量産前提で作った車ですもんね。
松本 君の疑問の「2.7L」について、順を追って説明すると、911のエンジンって2Lの水平対向6気筒から始まったのは知ってるよね?
——それは知ってます!
松本 このエンジンは度重なる排出ガス規制による将来的な出力低下を考えて作られていて、この時代でも十分な排気量だとされていたんだ。でも、フェリー・ポルシェが回想録で語っているんだけど、水平対向の構造ゆえに2.4Lが分水嶺になってね。ポルシェの技術を持ってすれば、もっと出力を高められるものの、限界も感じていたそうなんだ。当時のFIA規定だと、2.4Lのまま出力を高めて現状のクラスで戦うか、1つ上のクラス(2.5~3L)に上げて戦うかになるんだ。そこでポルシェは排気量をアップさせて、1つ上のグループ4である特殊GTクラスに出場した方が賢明と判断した。もちろん技術的に十分クリアできるという目算があったからなんだけどね。
——ホント、昔のスポーツカーの開発ってレースと密接な関係にありますよね。
松本 その時に技術力を発揮した人物が、泣く子も黙るフェルディナント・ピエヒ氏だよ。彼は無敵のレーシングモデルであるポルシェ 917を作った人物だね。そのノウハウをこのナナサンカレラに導入したんだ。2.4Lから2.7Lに移行する時、ボアを84mmから90mmに変更したんだけど、シリンダーの強度を保つために917のシリンダーブロックと同様の手法を取ったんだ。クランクケースをマグネシウムからアルミダイキャストに置き換えたから、3Lまで排気量を高められることもわかっていたんだって。マニアなら知っていると思うけど、それがのちのRS 3.0というモデルになるわけだね。
——なんとなく流れが見えてきましたね。
松本 スポーツカーがレースに出るためには、ただ車を作ればいいわけじゃないのは知ってるよね?
——何台以上作らないといけないっていうルールですよね?
松本 そう。当時のレギュレーションである年間500台を作るため、1972年の末からナナサンカレラは製作されたんだ。しかし、このカラーリングと性能が世界中のパラノイアを刺激して、最終的には追加分を含めて1590台が限定モデルとして生産されたんだ。
——カラーリングも特殊ですけどあのリアのダックテールもちょっと異質ですよね。
松本 そうだね。あのダックテールはとても意味のある形状なんだ。911って、デザインはとても空力的なんだけど、高速時にリアがリフトする点が問題になっていたんだ。だから、流れる空気を抑え込んでリアのスタビリティを高めるダックテールが付けられたんだよ。これは安定性もさることながらテールランプのセルフクリーニング性も高めたといわれているんだよ。
——なるほど。この独特のフォルムは、やっぱり性能アップに関係しているわけですね。
松本 そうだよ。リアがオーバーフェンダーになってるでしょ? リアにワイドトレッドのホイールを履かせたのも、このナナサンカレラが初めてのモデルだったんだ。これもレースで勝つために求められた改良なんだ。さらに規定で定められたオーバーフェンダーを追加することも考えてデザインされていたんだよ。その他にもワイドトレッドによるサスペンションのジオメトリー変化を考慮した設計変更もこのモデルからなんだ。
——今や伝説の車になりつつありますが、それだけの理由があるんですね。
松本 細かくみていくと、ポルシェが勝つための手段として、それまで培ったノウハウをすべて投入していたことがわかるよね。とにかくレーシングカーの基本を見えるところから見えない部分までとことん追求したモデル。1590台作られた公道も走れる量産レーシングモデル、それがこのカレラ RS 2.7なんだよね。
ポルシェ 911 カレラ RS 2.7
欧州GT選手権(グループ4GT)のホモロゲーションモデルとして開発された限定モデル。1972年のパリサロンでの発表後、注文が殺到。500台限定の予定だったが、最終的には1590台に。現行型911にも受け継がれるRSモデルの始祖であり「ナナサンカレラ」の愛称をもつマニア憧れの1台。
※カーセンサーEDGE 2023年9月号(2023年7月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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