トヨタがモンスターマシン『GRスーパースポーツ・コンセプト』を販売する本当の意義とは?
2018/08/08
『TS050 HYBRID』のパワートレインを移植した1000馬力のスーパースポーツ
トヨタのワンツーフィニッシュで幕を閉じた『ル・マン24時間耐久レース』。通算20回目の挑戦で勝ち取った優勝は、トヨタにとって悲願達成といっていいだろう。そのル・マンの会場で公開されたのが、『GRスーパースポーツ・コンセプト』だ。今年1月の『東京オートサロン』でも公開されていたが、今回は市販に向けた開発に着手したことも発表された。
開発中ということもあり、詳細なスペックは公開されていない。明らかになっているのは、パワートレインが、2.4L V6ツインターボチャージャーとトヨタハイブリッドシステム・レーシング(THS-R)の組み合わせで、排気量は2400ccでハイブリッドモーターと合わせということ。最高出力は、735kW(1000ps)だという。
重要なのは、ル・マンの会場で発表された事実だ。GRスーパースポーツ・コンセプトは、TS050 HYBRIDとほぼ同じ主要パーツで構成されている。
TS050 HYBRIDとは、WEC(世界耐久選手権。ル・マン24時間耐久レースもWECに含まれる)のトップカテゴリー『LMP1クラス』に参戦しているマシン。つまり、ル・マンの優勝マシンと同じパーツを使ったマシンを市販すると発表したわけだ。これで、話題にならないわけがない。
トヨタ史上、最もハイスペックで、最も高価な1台になることが確実で、一説には車両価格7000万円オーバーとも噂されている。
発表会では「市販車両をレベルアップしてスポーツカーを作るのではなく、現役のレーシングカーからスポーツカーを作ろうとしている」と表現された。トヨタにとっては、全く新しい挑戦だ。実は、トヨタが『ル・マン』をはじめとして、レースに参戦する理由のひとつがここにある。
『GRスーパースポーツ・コンセプト』の開発を担う『TOYOTA GAZOOレーシング カンパニー』とは
GRスーパースポーツ・コンセプトの開発は、社内カンパニーのひとつ『TOYOTA GAZOOレーシング カンパニー』が担う。同社は、トヨタのレース活動を統括して、そのノウハウを生かした車を開発して販売するのがミッション。車を販売して得た利益で、またレース活動を続け、さらなる知見を蓄積する。
例えば、世界ラリー選手権(WRC)、ニュルブルクリンク24時間レース、NASCAR、スーパーGT、全日本ラリー選手権などに参戦することで得られた知見は、すでにモータースポーツ直系のスポーツカーブランド『GR』として展開。台数限定の究極のスポーツモデル『GRMN』を筆頭に、本格スポーツモデルの『GR』、エントリースポーツモデルの『GR SPORT』、アフターパーツを気軽に愉しめる『GR PARTS』が存在する。
GRMNには、WRCに参戦したヤリス(ヴィッツの欧州名)の知見が盛り込まれた『GRMN ヴィッツ』、2016年に100台限定で販売された『GRMN 86』が、GRには『GR 86』『GR ヴィッツ』が、GR SPORTには『GR SPORT 86』『GR SPORT プリウスPHV』『GR SPORT アクア』など9車種がラインナップされている。
WECでは、世界最先端のハイブリッド技術とEVシステムの開発を推進し、究極の環境性能と、突出した走行性能を高次元で両立させることが求められる。
レースによって磨かれたその技術を最大限生かしつつも扱いやすくしたのが、GRスーパースポーツ・コンセプトというわけだ。トヨタにとってのモータースポーツは、単なる広告宣伝や文化活動ではないのだ。
コネクティッドカーの未来を垣間みることができるかもしれない『GRスーパースポーツ・コンセプト』
さらにGRスーパースポーツ・コンセプトは意外なところでも姿を現した。それが新型の『カローラスポーツ』『クラウン』の発表会だ。
『THE CONNECTED DAY』と銘打たれたこの発表会では、トヨタのコネクティッド戦略も語られた。コネクティッドとは、「車同士・車と情報インフラがつながる機能」で、次世代自動車とスマートモビリティー社会の根幹をなす。新型のカローラスポーツ、クラウンは、トヨタ初となるコネクティッドカーでもある。
もちろんトヨタも力を入れており、2年前には社内カンパニーである『コネクティッドカンパニー』が設立された。その社長を務める友山茂樹氏(トヨタ自動車副社長)は、GAZOOレーシングカンパニーの社長も兼務している。
ITばかりに注力して車を情報家電にようにしてしまわないように、車が本来もつ「走る・曲がる・止まる」という性能を極限まで高めたレースを最もよく知るGAZOOレーシングカンパニーのトップがコネクティッドカンパニーのトップを兼ねることに意味があるという。
その視点でGRスーパースポーツ・コンセプトを見ると、見方が少し変わってくる。TS050 HYBRID譲りのモンスター級の動力性能ばかりが注目されるが、コネクティッドカーとしての可能性も秘めているのだ。
実際にTS050 HYBRIDのステアリングを握る機会に恵まれた友山氏は、「最新のレーシングカーは、最新のコネクティッドカー」と語っている。常に車両センサーが車の状態や挙動をモニターして、随時、ピットから適切な指示が飛ぶ。しかも、1周目を走り終わると、その走行データから、2周目からは友山氏に合わせて車両の制御ソフトが更新されたという。
友山氏は、「この最新鋭のステルス戦闘機のようなマシンを、素人の私が、何の訓練もなく、安心かつ、安全に乗れたのは、それが、“コネクティッドカー“だからであります」と述べた。そして、GRスーパースポーツ・コンセプトが市販化された暁には、リアルタイムの走行データに基づくドライビングサポートや、リモートメンテナンス、車載システムのプログラム更新などが行われる予定だという。
豊田章男社長のレース好きは遺伝? 創業者の思いが熱い
トヨタにとってレース活動は、車と人を鍛える場でもある。今回の優勝は、19回に及ぶ敗退を糧に改善を続けた結果だ。そこで蓄積された技術はTS050 HYBRIDへと生かされ、そして、市販車であるGRスーパースポーツ・コンセプトへと受け継がれた。
最終的には、誰もが買える『GR』シリーズに流用されることだろう。以前、GAZOOレーシングカンパニーの幹部から、「レースに参戦しても、それがお客様のためにならなければ意味がない」という言葉を聞いた。『GRスーパースポーツ・コンセプト』が市販される意義は、まさにそこにある。
そして、意外かもしれないが、レースから知見を得て、車作りに生かすとという考え方は、トヨタのDNAでもあるのだ。最後に創業者である豊田喜一郎氏の言葉で締めよう。
「これから、乗用車製造を物にせねばならない日本の自動車製造事業にとって、耐久性や性能試験のため、オートレースにおいて、その自動車の性能のありったけを発揮してみて、その優劣を争う所に改良進歩が行われ、モーターファンの興味を沸かすのである……。 単なる興味本位のレースではなく、日本の乗用車製造事業の発達に、必要欠くべからざるものである」(『オートレースと国産自動車工業』より抜粋)。
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