【賢者の選択】車好きを虜にするマセラティ グラントゥーリズモの“官能性といえる何か”
2022/06/05
中古車に限らず、お買い得感があり、他車にはない魅力を備えた1台を見つけるのは、なかなか難しい。そこで本企画「賢者の選択」では、自動車のプロが今注目しているモデルを紹介する。
今回は、自動車ライターの沢村慎太朗氏が注目している中古車を紹介してもらった。ぜひ、次の愛車選びの参考にしてほしい。
21世紀前半で最高のコミュニケーション能力を有する
自動車産業に依存する一本足打法のドイツがジタバタしたおかげで車の世界は大混乱だ。
30年前はクラッシュセーフティで暴れて、10年前はディーゼルで大騒ぎ。そしてCO2ガーと喚いて全部電気にするだとさ。原発はしないと宣言したのにどうするんだろうと思ってしまう。
その矛盾だらけの政官民一体の作戦は、近年の世界情勢もあって頓挫しかけてるようだが、あおりで百年以上かけて洗練されてきた自動車の構成メカがワヤクチャになってしまった。ハイブリッドじゃないやつのエンジンもダウンサイズ過給に。操舵系アシストは電動。ブレーキは回生が割り込む。
確かに効率はいいのだが、操作するこちらの感覚と車が行う結果との関係性が崩れてしまっている。電子制御ソフトが改善されればと期待してはいけない。自撮りアプリで分かる。気持ち悪さが増しまくるだけだ。
つまり我々がある種の自動車に喜びとして感じ取っていた官能性といえる何かは、今や求めて得られぬ幻となった。だが今なら幻と化す直前の車を手に入れることができる。
真っ先に脳裏に浮かぶのはマセラティのグラントゥーリズモ。なかんずくダンパーが電制されないMCストラダーレが至上である。
この大柄なFRクーペは、前期型だとV8エンジンが車重に対して非力だったが、排気量が増やされて高性能と胸を張れる域に達した。と同時に、運転操作のとき、こちらに伝わってくれる感触がとてつもなく素晴らしく仕上がっていた。電制スロットルなのに、ペダルを踏む足はエンジンの負荷を素足でコントロールしているように感じるほどだ。
1万分の1馬力から最高出力460馬力まで、足の裏で自在に加減できるから自信をもって性能を使い切ることができる。そして白眉は操舵フィール。ステアリングのリムを握る手は、タイヤ踏面に成り代わって地面に触れているようだ。本降りの雨の中の高速道路でも接地状態がありありと伝わってきたから、怖さとは無縁だった。まあまあ速く走らせたのだが。
そんなふうに、この車は圧倒的なライブ感とリアリティに充ちていた。その点において間違いなくこれは2010年代で頭抜けた1台だったと思う。ということは……。
2020年代はこの体たらくだし、電気になろうとなるまいと30年代にも改善は見られないだろう。だからマセラティ グラントゥーリズモ MCストラダーレは、21世紀前半で最高のコミュニケーション能力を有する傑物。そういう事跡が残るということである。