ガレージではなく、車がある暮らしが主役【EDGE HOUSE】
2021/11/27
コンクリートに覆われたモダンな空間。天井から吊り下がる照明もエアコンも見えないこのミニマムな空間では、家具や家電、色まで厳選されているかのようだ。その中に置かれた赤いフェラーリは、まるで美しい調度品。だからつい、この車のために作られたガレージハウスかと思ったが、実はそうではないらしい。
人生を変えた、光と影が彩るガレージ
本当にコンクリートの家は無機質で冷たいのか?
見る者にそう問いかけるのが、建築家・窪田勝文さんが手掛けたガレージハウスだ。例えば日本家屋で定番だった縁側の再現は、コンクリートの方が有利だという。家を四角い箱に見立てると、縁側を設ける場合、ある一面を大きく外へ開く必要があるが、今日の耐震構造を考えると、木造では四面を閉じて強度を増すほかない。
しかし強固なコンクリートなら容易に外へと開くことができ、季節や時間によって、差し込む光で床や壁の上を移ろう空間が作れる。そこに水が流れる音や水面のきらめきを加えることで、コンクリートで作られた空間を豊かな表情で湛えることができる。また、コンクリート壁に木の板を貼って、木造風とすることもできるが「それが本当の豊かさなのか」と窪田さんはあえてそうした飾りを省く。
豊かさの定義は、施主によっても異なる。窪田さんは、今回のガレージハウスの施主とたわいのない会話を重ねる中で、1台を生涯愛でるのではなく、様々な名車に巡り合いたい人なのだと感じた。本誌読者であれば、ヤングタイマーをはじめ、世の中には名車がたくさんあることを知っているはず。
そんな車を愛する施主に提案したのが、愛車が見えるどころか、愛犬のように隣にいるような、ガレージとリビングが一体化したプランだ。窪田さんは「様々な愛車との距離が縮まっていく生活を、彼ならきっと楽しんでくれるはずと思いました。あとはコンクリートの中に、いかに外の自然を取り込むかだけでした」という。
車好きの機微にこれだけ窪田さんが敏感なのは、自身が車好きであることも無縁ではないだろう。若かりし頃にトヨタ セリカリフトバックでチューニングの楽しさを知り、一時は本気でその世界に進もうと考えていたそうだが、結局建築の面白さにハマって建築家の道を歩むことになったそんな窪田さんは、家の作り込み方は車に近いという。
例えば建物なら壁にビスの頭が見えることはよくあること。けれど、車なら当たり前のようにビスを隠すことを知っている窪田さんには、それが許せない。そんな具合で、車のようなスムーズな面が追求されていく。写真に照明が一切見えないのはほんの一例だ。
完成後も窪田さんには施主からのメールが度々届く。「この車に買い替えました」「あの車のこの色を考えています」等々。さらに「この家を見た知人から『このクラシックカーを置いてみないか。そしてこれに乗ってパレードに参加しないか』と誘われた」とも。そのクラシックカーに似合う服装の写真とともにメールが送られてきたという。
「そういった場に行くような人じゃなかったんですが」と窪田さん。その感想はおそらく正しい。ただ、愛車とともにガレージハウスに暮らすようになり、施主が変わっただけなのだ。窪田作品の中でも希有な、施主を変えたガレージハウスは、住む人の暮らしをより豊かに広げている。
■所在地:山口県周南市
■主要用途:専用住宅
■構造:RC造
■敷地面積:217.45㎡
■建築面積:90.77㎡
■延床面積:148.53㎡
■設計・監理:窪田勝文(窪田建築アトリエ)
※カーセンサーEDGE 2022年1月号(2021年11月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています