災害から犬を守る備え。避難のコツや必要な物などペットの防災を解説
話者
平井潤子(ひらい じゅんこ)。公益社団法人「東京都獣医師会」事務局長。NPO法人「ANICE(アナイス)」代表。環境省「人とペットの災害対策ガイドライン」の編集や、動物防災対策に係るアドバイザーとして国と自治体の広域支援訓練などに従事している。東京都獣医師会発行の「ペット防災BOOK」も執筆した
日頃から犬との同行避難に備える
同行避難の準備は、日常の延長線上にあります。避難時に重要な犬の健康管理やしつけは、そもそも飼い主の義務。避難生活に必要な犬用の防災グッズも、日用品がほとんどです。つまり、日頃からきちんと犬のお世話をしておくことが、そのまま災害時に犬と避難する備えとなります。
犬に社会性を身につけさせる
被災時、避難所には多くの人が集まります。そうした場所でも落ち着いていられる社会性を身につけておく必要があります。他の人や動物に対して、むやみに吠えたりしないよう日常生活で練習しておきましょう。
散歩をして家族以外の人に会ったり、犬同士で挨拶したり、経験を重ねておくことが大切です。普段、社会との接点が少ない犬の場合、災害時に人が大勢いる避難所で犬や人に囲まれただけでパニックになることも。犬は飼い主といっしょに外出することで、社会性を身につけますので、体力的に室内飼育で問題ない小型犬でも日常的に散歩へ連れて行きましょう。
環境省の『災害時におけるペットの救護対策ガイドライン』では「災害に備えたしつけと管理の例」として以下のような内容を挙げています。こちらは最低限、実施するようにしてください。
- 「待て」「おいで」「お座り」など基本的なしつけを行う
- ケージなどの中に素直に入るよう日頃から慣らしておく
- 不必要に吠えないようしつける
- 人や他の動物を怖がったり攻撃的になったりしないよう慣れさせる
- 決められた場所で排せつできるように教える
- 狂犬病予防接種など各種ワクチンを接種しておく
- 犬フィラリア症など寄生虫の予防・駆除しておく
- 不妊・去勢手術を受けさせる
犬を含めた家族全員で避難訓練する
家族全員で愛犬と指定避難所まで散歩してみる、キャンプを兼ねて車中避難を体験してみるなど、日頃から避難訓練しておくことも重要です。深夜に災害が発生したら、どう行動するか? 家族全員が外出していて犬だけが自宅にいる場合は? など、あらゆる状況を想定しましょう。
犬用防災グッズを用意する
同行避難では人用だけでなく、一緒に犬用の防災グッズも欠かせません。以下は、いざというときに持ち出したい物のリストです。災害の規模や条件などによって実際に持ち出すべき物の種類と量は変わりますが、前もって用意しておくようにしましょう。
犬の飼育に必要なグッズ
- 常用薬や療法食
- ドライフードとウエットフード
- 水
- フードボウル
- ペットシーツ
- キャリーバッグ(必要個数)
- リードや首輪
- ケージやサークル
- ブラシやクシ
- 排せつ物処理用の袋
飲食物などの量は、大規模な災害を想定して1ヵ月分を確保しておくのがベスト。そのためには、常に消費しながら使った分を補充する「ローリングストック」が有効です。常用薬をストックする場合は、かかりつけの獣医に多めにもらえないか相談してください。
犬との同行避難にあると便利なグッズ
- 大きいビニール袋
- ウエットティッシュ
- ガムテープ
- カッター
- マジック
- タオルやバスタオルなど布製品
ビニール袋はゴミ袋だけでなく防寒や風よけとしても役立ちます。便利なのはガムテープで、即席のハウス作りや抜け毛の掃除に使えます。マジックと合わせればペットや飼い主の情報を書いてペットのそばに貼ったり、家族への伝言板代わりにするなど、メモやメッセージに利用できます。カッターも、いろんな物を加工できるので持っておきたいアイテムです。
犬用の「迷子ポスター」を作っておく
被災時に愛犬と離れ離れになってしまった場合も想定し、事前に迷子ポスターを作っておくこと。迷子ポスターは定期的に情報を更新するなど、不備がないようにしましょう。
- 犬の名前
- 犬の全身写真
- 犬の顔や模様、耳の形など特徴的な部位のアップ
- 犬の種類や性別、年齢
- 犬の特徴(できれば複数)
- 犬がいなくなった日付と場所
- 飼い主の連絡先と避難先
すぐに行動できる「アクションカード」を作っておく
災害に遭遇してから何をすべきか考え始めるとスムーズに行動できません。そこで、被災時にとるべき行動、連絡先を記した「アクションカード」をあらかじめ作っておきましょう。自宅にいるのが高齢者や子供だけでも、日頃から「いざというときはアクションカードに従って行動してね」と伝えておけば適切に対処できるはずです。
アクションカードに記すべき項目は、家庭の状況によって異なります。以下の項目は一例ですので、ぜひ参考にしてください。
- 家族に連絡して安否を確認する
- 学校やデイケアセンターなど災害時の対応に従い、家族を迎えに行く
- 決めておいた待ち合わせ場所に避難する
- 避難時にブレーカーを落とし、水とガスの元栓を閉める
- 外出中の家族への伝言を残す
- 戸締まりをする
災害発生時は迷わず同行避難する
災害が発生したら安全を確保することが最優先。人間同様、犬も災害が来るとパニックになり、噛みついたり、逃げ出したりすることがあります。まずは飼い主が落ち着いた態度を示して、犬を落ち着かせましょう。それからリードを付けて犬の行動をコントロール
できるようにした上で、安全確保できるケージに入れるなどして同行避難してください。
自宅や外出先が安全でない場合、一時避難場所などへ。小型犬はケースやキャリーバッグに入れて避難しましょう。臆病な性格であれば、興奮を抑えるためにキャリーバッグを布などで覆って、視界や音を遮ると良いでしょう。
被災時に外出しているなど犬と離れた場所にいる場合は、自分の状況や自宅までの距離、避難指示などを踏まえて愛犬と合流できるか判断。すぐに家に戻れない場合を想定し、頑丈な家具を固定したそばに、バリケンネルのようなしっかりとしたクレート(ハウス)を置くなどし、室内に犬用のシェルターを用意して備えましょう。
万一、犬が逃げ出してしまった場合も、自治体や警察に届け出てください。
状況に合わせた避難生活を選ぶ
地震や台風など災害がおさまったら、一時避難場所などから避難所に行くか、自宅へ戻るか、他の安全な場所に移動するかを決めます。犬を避難所に連れて行くのが難しい場合は、獣医やペットホテルなどに預けるのも選択肢のひとつ。自宅や地域の被災状況、自治体からの指示、家族の状況、犬の性格などから総合的に判断しましょう。
自治体が定めた指定避難所では近年ペットの受け入れが進みつつありますが、被災状況によっては十分に機能しないことも考えられます。犬を預ける予定だった獣医やペットホテルが被災していることもあり得ます。そうした事態を想定し、日頃から避難先を複数検討しておくことが大切です。
【避難先1】指定避難所へ同行避難する
ペットの受け入れは避難所ごとに様々ですが、主に「ペット専用の飼育スペースが用意され、飼い主と犬が別の場所に滞在する」ケースと「テントや軒先などで飼い主と犬が一緒に滞在する」ケースに分かれます。
飼い主とペットが常に一緒なのが理想だと考えがちですが、必ずしもそうとは限りません。避難生活が長引くと、自宅を片付けに出かけたり、避難所から会社に通うこともあり、ペットと離れる時間が生じます。そうしたときには、犬と一緒に行動するよりも安全な場所に預けておいた方が安心だからです。
大切なのは、避難所内で犬を飼っている人同士が協力し合い、一時的に預けたり、預かったりできる関係を築くこと。一方で避難所には犬好きな人も、そうでない人も、犬にアレルギーがある人もいるので、他者への配慮も必要です。
飼い主以外の人と犬の動線が完全に分けられている環境が理想ですが、避難所の状況によって難しいでしょう。排泄する場所や犬がいる場所の清掃、抜け毛が飛ばないようにする工夫など、犬が苦手な人への対策を自主的に行ってください。
避難所での注意点
避難所で意外に多いのが「飼い主ではない人が犬をなでようと思って近づいたら、噛まれた」「子供が勝手にケージを開け、犬が逃げ出してしまった」といったトラブル。これらは犬が嫌いな人ではなく、むしろ好きな人によって起こる事例です。
ペットを飼育するスペースに飼い主以外の人が近づかないよう、避難所管理者に相談して動線を工夫してもらう、「怖がりなので犬に触らないでね」といった注意書きを掲げるなど対策を講じてください。
【避難先2】犬と在宅避難する
自宅は飼い主にとっても犬にとっても最も安心できる場所。家屋倒壊や浸水などの危険がなくて安全を確保できるなら、都市部など避難所のキャパシティに対して住民数が多い地域では、特に優先したい方法です。
在宅避難でも救援物資を受け取ることはできますが、事前に食料の備蓄をしておくこと。家具の転倒やガラスの飛散などの対策も講じましょう。もちろん、余震や漏電による火災には注意が必要です。
【避難方法3】車を活用して同行避難する
台風などで短期間避難する場合は車中避難が有効。犬とともに高台に避難すると良いでしょう。しかし、車中泊にはリスクも伴いますので、十分な対策を講じましょう。
まずケアしたいのは、犬の熱中症です。冬でも日当たりの良い場合、車内の温度は想像以上に上昇します。犬は暑さに弱いので、シェードなどで車内に直射日光が当たるのを防ぎ、必要ならエアコンも稼働させること。車内温度の上昇は体感で察知するのは難しいので、犬がいたずらをしない場所に温度計を置いて定期的にチェックしましょう。こまめな水分補給も忘れずに。
さらに突発的な事故も起こります。リードで繋がれた犬が狭い車内を移動し、リードがシートに絡まって首が吊られた事例も報告されています。短時間でも車内に犬だけを残す場合、専用の柵などを利用して安全な環境を設けましょう。車内での事故を防ぐためにも、犬だけを長時間車内に残さないようにしてください。
犬だけでなく、人も車中泊する際には注意が必要。熱中症に加えて、エコノミークラス症候群に気をつけてください。シートをできるだけ平らにして休む、ときどき車外に出て運動するなど、血流が滞るのを防ぐ工夫をしてください。車中泊については「災害時に車中泊で避難するコツ。必要な物やリスクを回避する方法も解説」にて説明していますので、ご一読ください。
【避難方法4】犬を別の場所に預ける
「避難所で過ごしたが、他の人に迷惑をかける」「在宅避難をすることにしたが、ガラスが飛散して自宅の掃除に時間がかかる」といった場合は、一時的にかかりつけの動物病院などに預けることがオススメ。幼犬や老犬、持病がある犬の場合も預けた方が良いでしょう。
犬を預ける可能性があるなら、自分が避難する場所の近くに信頼できる預け先を見つけておくこと。ただ、避難生活が長期間になると動物病院やペットホテルでは経済的な負担が大きくなります。あらかじめ親族や知人と話し合い、複数の預け先を確保してお
くと良いでしょう。
大規模な災害時には被災動物保護シェルター(動物の一時的な避難場所)が設置される場合がありますので、自治体などに相談ください。
犬の体調やケガには普段以上に気を配る
災害時には犬も不安でストレスを感じますし、気づかぬうちに汚れた水を飲んでしまうこともあります。犬の体調管理は普段以上に徹底し、異常が見られたらできるだけ早く獣医師に診察してもらいましょう。
実際、避難所での生活が長くなると、犬は下痢や嘔吐など消化器系のトラブルが多くなると報告があります。ペット飼育スペースなどで飼育する場合は、普段のように飼い主の目が届かない場合もありますので、日々の健康チェックは欠かせません。
なお、地元獣医師会による避難所の巡回診療などの支援活動が行われることもあります。意識して情報を入手し、わずかな違和感でも相談しておくと良いでしょう。また、あらかじめ地元獣医師会の連絡先を控えておくと、動物病院を探したり、巡回するタイミングを尋ねたりするのに役立ちます。
CREDIT
写真: | Adobe Stock、photoAC |
文: | 田端邦彦(ACT3) |