ベクター M12▲1970年代のコンセプトカーW2から始まった、アメリカ産ハイパーカーの先駆けとなったベクター。W8とM12という2車種で、約30台のみが生産された幻のスーパーカーだ

想像以上に“マトモ”なスーパーカー

バブルの頃、有名無名を問わずいろんなスーパーカーが生まれた。名車もあったし、生産されなかったモデルもあった。中でもアメリカ生まれのベクターは異色の存在で、ジェットファイタースタイルは実にアメリカンな雰囲気だったし、何よりV8ツインターボ+3ATで600ps以上というスペックに度肝を抜かれたものだった。

1970年代初頭にデザイナー兼エンジニアのジェリー・ウィガートが自動車設計会社を興し、同年代末には早くもコンセプトカーW2(Wはウィガートの頭文字)を発表。1980年代末になってようやく改良版W8の市販にこぎつけた。

W8の販売は順風満帆とはいかず10数台が生産されたのみだったが、ウィガートは諦めない。1990年代に入って新作WX-3を発表。ジュネーブショーなど欧州でも積極的にアピールしたが、インドネシアのメガテック社に買収されウィガートは追い出されてしまう。ウィガートは不当として裁判で争いつつメーカー活動を続けるが、ベクターの名で登場した第2作はメガテック指揮で製作されることとなった。

それが今回の主役、WX-3をベースとしつつも中身のまるで違ったM12(Mはメガテック)である。
 

ベクター M12▲巨大なパワートレインを縦置きしたため、極端なキャビンフォワードとなっている
ベクター M12▲ランボルギーニ製5.7L V12自然吸気エンジンをリアミッドに搭載

エンジンはランボルギーニ製のディアブロ用V12に改められた。ウィガートが使っていたV8はレーシングユニットをベースにチューニングされたもので、何かと仕入れ価格も“高かった”から、だ。当時、同じく傘下に収めていたランボルギーニ製エンジンを使った方が安上がりだとメガテックは考えた。ただしミッションはGM製で、ディアブロのような180度反対のレイアウトを採らない。これもまた設計や生産のコストを考えてのことだった。

シザードアはかなり湾曲している。本当に平べったい車なのだ。そのため、乗り込むとサイドウインドウはほとんど見上げるような位置にあって、周辺の状況はドアにもうひとつ開けられたサブウインドウから確認することになる。

それにしても、乗り込みづらい。まるで入室を拒まれているかのようだ。これに比べるとカウンタックなどはまだしもフレンドリーなフリーエントランスのようだ。そして足元も異常に狭い。ミッションをリアに置いたことでリアセクションのレイアウトが苦しくなり、キャビンをギリギリまで前に押し出したためだ。実際、ウィガートのWX-3よりもキャビンは前進している。

アクセルとブレーキの両ペダルは何とか踏めるけれど、クラッチまわりのスペースが狭い。つま先でバレエダンサーのように踏まなければならない。それなりに重めなので、なかなかつらい。
 

ベクター M12▲タイトなコックピットはシンプルなデザイン。シフトは左手前下が1速のレーシングパターンとなる
ベクター M12▲レザーなどが用いられており、シンプルな中にも高級感を備えている

整備が行き届いているのだろう。ディアブロ用5.7L V12はこともなげに目覚める。サウンドはまさにランボルギーニだ。左足をバレエダンサーのようにしてアイドルスタートする。あっけなく動き出す。低回転域にそれなりのトルクのあるエンジンでよかった。

一般道の、ちょいと荒れた舗装路を流れに乗って走る。意外と乗りやすい。ドア付近が最も膨らんでいるので、車幅感覚をつかみやすい。加えて、想像していた以上にボディ骨格がしっかりしている。そのため、この手の少量生産車にありがちな“一体感の欠如”というものがない。マトモなのだ。バラバラになってしまうような感じが一切ない。ウィガートのベース設計、M12の発表時からさかのぼっても20年前、今から半世紀も前の設計がよほど素晴らしかったというべきか。

高速に入った。4000回転くらいからの咆哮が実に気持ちいい。路面にピタッと張り付く感覚はディアブロ以上とさえ思えてくる。大排気量12気筒+マニュアルの醍醐味は、例えば3速を保ったままで、どこまでも回転数や速度が上がっていくような感覚である。4000回転あたりから上の回転フィールは、絶対的に速いだけでは味わえない“何か”がある。それを言葉にするのは難しいけれど……。

一人の男が夢見たスーパーカー。結果的にまるで違うモノになったかもしれない。それでもその実力の片りんからは、その男の執念を感じることができた。
 

ベクター M12▲リトラクタブル式ヘッドライトやシザードアなど、スタイルも“スーパーカー”らしい
ベクター M12▲リア側でなく、ドア周辺が一番膨らんでいるので車幅感覚もつかみやすい
ベクター M12▲フロントにはベクターのエンブレムが備わっている
ベクター M12▲18インチアルミホイールを装着
文/西川淳 写真/タナカヒデヒロ

自動車評論家

西川淳

大学で機械工学を学んだ後、リクルートに入社。カーセンサー関東版副編集長を経てフリーランスへ。現在は京都を本拠に、車趣味を追求し続ける自動車評論家。カーセンサーEDGEにも多くの寄稿がある。

“同じエンジン”を搭載したランボルギーニ ディアブロの中古車市場は?

ランボルギーニ ディアブロ

カウンタックの後継として1990年に登場した、2シーターミッドシップのフラッグシップモデル。カウンタック アニバーサリーに搭載されていたV12エンジンを改良、排気量を拡大し搭載された。モデルライフ中には様々な改良が行われており、1999年にはヘッドライトも固定式に変更されている。パフォーマンスを高めたGT、レース用のGTRなどの限定モデルも登場した。

2023年7月前半時点で、中古車市場には8台が流通している。流通量が少なく、改造が施されているなど個体による違いも大きいので、定期的にチェックして自分好みの1台を探してみてはいかがだろうか。
 

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文/編集部、写真/アウトモビリ・ランボルギーニ