西川淳の「SUV嫌いに効くクスリをください」 ジャガー Fペイス SVRの巻
2021/11/15
進化した高性能モデルに乗って分かる“高級ブランド”らしさ
ハイエンドブランドが、SUVビジネスに参入して成功するパターンとしないパターンがある。成功するパターンは、ポルシェのようにスポーツカーのイメージが強くて、これまで真の意味での実用モデルがなかったブランドだ。世界的なSUV人気に乗って、生産台数が純増するわけだからたまらない。
成功しないパターンはその逆で、生産台数が少なく、すでに実用的な4ドアモデルが存在する場合である。この場合、元からある4ドアモデルの代替にしかならない。せいぜい、セダンなら落ちていくところをカバーできるかという程度。
間のパターンもある。ドイツ御三家のように生産台数がそもそも多く、セダンを丸ごとSUVに替えてしまってもビジネスが成立するというパターンだ。もっともこれはジェネラルな大量生産メーカーにも言えることだが。
というわけなので、ジャガーという“弱小ブランド”におけるSUV戦略は、セダンの販売ジリ貧傾向を補うことはできたけれども、ブランド躍進の起爆剤となるほどではなかった。Fペイス、Eペイス、そして電気自動車のiペイスとなかなか魅力的なラインナップだったにも関わらず、イマイチぱっとしなかったのは、そういう理由が大きいと思う。アルファ ロメオやマセラティあたりも然り。売れなくなったセダンの代わり、という意味ではSUVは機能したのだけれど。
久しぶりにFペイスに試乗した。しかもトップグレードのSVR。SVO=スペシャルビークルオペレーションズが開発した“とんでもFペイス”だ。
ジャガーといえば2025年からのフル電動化を宣言している。現在の戦略がうまくいっていないことの裏返しとも言える。ブランド復興の最後のチャンス。不退転の決意さえ感じる。それくらいの台数規模でもあるのだ。
だから、実を言うとFペイスにはもうさほど期待していなかった。電動化の未来においては真っ先に変わっていくカテゴリーだから、今さらさほど力を入れた改良などされているはずがないと高をくくっていた。
ところがどうだ。マットグリーンのSVRは、Fペイスとしても、そしてSVRとしてもしっかり前へ進んでいた。乗り味はジャガーらしくより洗練されたものとなり、乱暴者なイメージはすっかり影を潜めて、日常域でも非常に乗りやすいモデルへと進化していたのだ。サウンドも以前のラウド咆哮から足を洗って、上質なうなりに転向したようだ。
しかも、肝心のSVRとしてのパフォーマンスといえば、加速性能は着実に上がっており、さらに足回りのセッティングも、よりスポーツカーブランドらしさが増している。意のままのハンドリングをSUVなりに楽しめるという点で、他の背の高いスポーツカーに勝るとも劣らない、高性能なハイエンド商品として十分に通用する総合力を身につけていた。
そう、ジャガーは決してエンジンモデルを諦めてはいなかったのだ。25年以降の電動化のみに目を向けているのではなく、今のラインナップも可能な限り進化させようという意思が、このFペイス SVRには宿っていた。早々に見切りをつけてもいいおかしくない状況だと思っていたのだが、作り手の方は決してそんな安直な思考に陥っていない。これぞ老舗の心意気というものだ。
そう思うとFペイスにはいっそう惹かれる。ドイツ系のプレミアム高性能モデルに遜色ないパフォーマンスをグッと手軽な価格で楽しむことができるというコストパフォーマンスの高さも侮れない。むしろ、メジャーなドイツ系に乗って没個性の悪目立ちをするよりも、“知る人ぞ知る”的なFペイスの佇まいに惹かれてしまう。
もう一回り小さなEペイスも最近、見栄えをほとんど変えずに、中身だけを最新にグレードアップした。このFペイスにしてもそうで、外観上の変更はほとんどないけれども中身で勝負する。そういう姿勢も真の高級ブランドらしくていい。控えめなのだ。押し出しの強さのみが問われているような最新SUVのスタイリングにおいて、ジャガーの存在はなんともすがすがしいではないか!
SUVを買うなら、ジャガーには申し訳ないけれども“外しの美学”さえ感じるEペイス、もしくはFペイスあたりを選んで、しかもボディカラーはグリーンではなくレッド系で乗ってみるのも良いと思った。
自動車評論家
西川淳
大学で機械工学を学んだ後、リクルートに入社。カーセンサー関東版副編集長を経てフリーランスへ。現在は京都を本拠に、車趣味を追求し続ける自動車評論家。カーセンサーEDGEにも多くの寄稿がある。