キャデラック ATS ▲BMW 3シリーズなどの定番ドイツ車に対抗すべく2013年に上陸したアメリカのDセグメント、キャデラック ATS。写真はBUBU MITSUOKA BUBUさいたま/シボレーさいたま南が販売する走行4.3万kmの上級グレードで、車両価格は218万円

栄えある「格安名車」を探し出せ!

こちらは2月27日発売の雑誌カーセンサーEDGE 4月号に掲載された、自動車評論家・永福ランプ(清水草一)さんの人気連載「EDGE Second Line」の、担当編集者から見た別側面である。アナログレコードで言うB面のようなものと思っていただきたい。

なお「EDGE Second Line」というのは、「車両価格が手頃=エラい! 賢い! おしゃれ! と定義したうえで、栄えある格安名車を探し出そうじゃないか」というのが、そのおおむねの企画趣旨である。

で、カーセンサーEDGE 4月号の同連載で取り上げた中古車は、2014年式キャデラック ATSの「パフォーマンス」という上級グレード。走行4.3万kmで、車両本体価格218万円となる個体だ。

そして、この個体に限らずキャデラック ATSは今、「ドイツ御三家のDセグメントには食傷気味な各位には、かなり面白い選択肢なのでは?」というのがB面担当者の結論だ。

そう結論づけた根拠について述べる前に、キャデラック ATSという車についての概要をざっくりとご説明しておこう。
 

キャデラック ATS▲デザインも乗り味もグローバル市場を強く意識しているキャデラック ATSだが、往年のデザインテイストは随所に意識的に残されており、特にテールまわりのデザインは、1960年代のテールフィンを現代的にアレンジしたものになっている

BMW 3シリーズのライバルとなるFRスポーツセダン

キャデラック ATSは、米GMがグローバル市場での顧客拡大のため、ドイツ製の超売れ筋――BMW 3シリーズとメルセデス・ベンツ Cクラス、アウディ A4――に丸ごとぶつけてきたモデルとして、日本では2012年11月に発表されたDセグメント車。

ボディサイズは、全長4680mm×全幅1805m×全高1415mmと、当時のBMW 3シリーズやメルセデス・ベンツ Cクラスとおおむね同等(もちろん少々は異なるが)。そして車台はGMがゼロから完全新開発したFRプラットフォームだった。

ちなみにリアサスペンションは、キャデラックでは初採用となる豪華な5リンク式マルチリンクで、フロントブレーキはアルミ製対向4ピストンキャリパーを採用したブレンボ製のシステムが奢られている。
 

キャデラック ATS▲新開発されたFRプラットフォームを採用。同クラスのドイツ勢とおおむね似た感じの寸法だが、全長は先代の「3」や「C」より長いが「A4」よりは短く、ホイールベースはCと3の中間――といったサイズ感だ

当初の日本仕様のパワートレインは、2L直4直噴のダウンサイジングターボエンジン+6速AT。2Lとはいえ最高出力は276psと強力で、これはBMW 3シリーズでいうと、ベーシックな320iではなく上級の328iに相当する。

キャデラックというブランド名からどうしても連想される「快適性」のレベルも高く、フロント/サイドウインドウにはノイズを抑制するために、2枚のガラスの間に吸音材を挟み込んだラミネート型ガラスを採用。また、BOSEと共同開発した「アクティブノイズキャンセレーション(逆位相の音によってノイズを打ち消す装置)」も備えている。

そして安全装備もドイツ勢に特に劣る部分はなく、レーダーや超音波センサー、カメラなどを用いた衝突被害軽減システムは普通に充実。今回の取材車両を含む上級グレードには、磁性流体を利用してダンピングを制御する「マグネティックライドコントロール」とLSDも装備され、走行中のATSはほぼ常にフラットな姿勢をキープすることになる。
 

キャデラック ATS▲インパネの上段に「CUE」と呼ばれるタッチ操作ディスプレイが備わるキャデラック ATSの運転席まわり。取材車両の「パフォーマンス」という上級グレードには6速ATのパドルスイッチが付く
キャデラック ATS▲北米では2.5L直4や3.6L V6も用意されたが、日本に当初導入されるのは、ダウンサイジングが図られた可変バルブタイミング付きの2L直列4気筒直噴ターボエンジンのみ。最高出力276ps/最大トルク35.9kgmと、ライバルの2Lターボ以上となるスペックであった

今回の取材車両は、当初「プレミアム」という名称だった上級グレードが2018年8月に「パフォーマンス」という名前に改称されたもので、下記の専用装備が付いている。

・18インチ鍛造アルミホイール
・リム部直径を4mm拡大したスポーツステアリングホイール
・カラー表示ヘッドアップディスプレイ
・運転席2ウェイパワーサイドサポート
・スポーツアルミペダル
・マグネシウム製ステアリングパドルシフトスイッチ
・パフォーマンスサスペンション
・MRC(マグネティックライドコントロール)
・MRC連動機能付きドライバーモードコントロール
・LSD(リミテッドスリップデファレンシャル)
・その他

この他、2015年7月には3.6Lツインターボの「ATS-V」が追加され、2016年1月にはATが8速タイプに進化するなどのトピックもあるが、以上がキャデラック ATSというDセグメント・スポーツセダンの大まかな概要だ。
 

キャデラック ATS▲運転席には2ウェイのパワーサイドサポートが付く、引き締まったデザインの純正フロントシート

さほど売れなかったからこそ「ある種の注目株」になった

前章で概略をご説明したとおりのキャデラック ATSという車は、運転してもなかなかのモノである。

最高出力276psの2L直4ターボエンジンは、BMWの売れ筋である320iのそれ以上にパワフルかつトルクフル。そしてコーナリング時などに感じる全体の「締まり具合」のようなものも、仮想敵であった先代BMW 3シリーズや、同じく先代のメルセデス・ベンツ Cクラスやアウディ A4よりも特に劣っているようには思えない。

もちろん、そのどこかに「アメリカ車ならではの柔らかさ」のようなニュアンスは秘めている。だがそれは決して不快さや物足りなさを伴うものではなく、むしろ「フランス製のサルーンのようで心地よい」と、いわゆる車好き各位であれば感じるはずのものだ。
 

キャデラック ATS▲「キャデラックの伝統と特徴を盛り込みつつ、ダイナミックなパフォーマンスを表現した」という、ATSのフロントまわり

つまり、キャデラック ATSとは「いい車」なのである。

だが日本ではあまり売れなかった。

完膚なきまでに売れなかったわけでもないが、日本のプレミアムDセグメント市場に特にインパクトを与えることはないまま、キャデラック ATSは2019年7月に終売となった。「その後、中古車市場で火がついた」という話も特にはないため、依然としてキャデラック ATSは(日本では)マイナーな存在のままである。

しかし、だからこそ「BMWの3とかベンツのCとか、いいんだけど、あまりにも数が多くてなぁ……」と感じている、しかし輸入モノのDセグメントを探している人物にとっては好都合なのだ。

3シリーズやCクラス、あるいはA4あたりとほぼ同程度のクラス感およびサイズ感とクオリティ感。そして同程度にスタイリッシュなデザインを堪能しつつ、それと同時に「希少で個性的でもある」という側面も味わえる2010年代のDセグメント車は、よく考えてみればキャデラック ATS以外にはほぼ存在しない。だからこそ、万人ではなく「ある種の人=少数派であることに喜びを覚える人」にとっては、大いに狙い目となるのである。

そんなキャデラック ATSには「しかし左ハンドル車しかない」という弱点もある。だがそんな弱点も、「ある種の人」にとってみれば、ひとつの美点となる可能性すらあるだろう。
 

文/伊達軍曹、写真/阿部昌也

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伊達軍曹

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル レヴォーグ STIスポーツ。