▲まず部屋から車が眺められること。そしてショールームのような雰囲気を保ちながらも、素材やデザインに一体感があり開放的な扉などで構成されたシンプルな家であること。そして光と影を意識した深みや奥行きを希望したという施主。さらに和のテイストも大事にしてほしいとも要望したという▲まず部屋から車が眺められること。そしてショールームのような雰囲気を保ちながらも、素材やデザインに一体感があり開放的な扉などで構成されたシンプルな家であること。そして光と影を意識した深みや奥行きを希望したという施主。さらに和のテイストも大事にしてほしいとも要望したという

設計着手までに1年かけた上質なガレージハウス

東京・国立は武蔵野の面影を残す並木や、大正時代に始まった学園都市構想により、どこか異国情緒すら感じさせる街並みが魅力だ。また、関東三大天神のひとつである谷保天満宮は、1908年に日本で初めて開催された自動車ツーリングのゴールに設定された場所でもある。今回訪れたW邸は、そんな土地柄に相応しい穏やかな大人のガレージハウスであった。

正面から観察すると、アースカラーの壁面をもつ瀟洒な佇まいが周囲の住宅に溶け込んでいる。建物までは3mほどセットバックし、石畳と木製の大型オーバースライダーが相まってヨーロピアンな印象。道行く人はきっと、このガレージにはどんな車が収まっているのだろうと想像を膨らませているに違いない。

オーバースライダーを開けると、向かって右側には1960年式MG-A。左手にはフラットノーズの1987年式930ターボと、まったくキャラクターの異なる2台が並んでいた。その背後、ガレージ奥には大きめのガラス戸が備えられ、そのさらに奥には居心地のよさそうな部屋を覗き見ることができた。

ガレージに足を踏み入れると、床面に大谷石が使われていることに気づく。関東地方の住宅地では、塀などに用いられることが多いので馴染み深い石だが、このような使い方は珍しい。この床面はガレージ奥の部屋まで続き、内外に一体感をもたせることに一役買っているようだ。また、木材など天然素材が至るところに用いられ落ち着きと開放感、そして和の雰囲気を感じさせていた。

2階へ上がる階段横に設置された薪ストーブは、吹き抜けの壁面に沿って伸びる煙突がW邸の大きなアクセントとなっている。階段を上がる際にも、また2階から下りてくるときにもこの煙突がまるでオブジェのような存在感を放っている。2階のリビング&ダイニングルームは、レトロな家具や障子などが巧みにデザインされ、1階のリビングルームと同様に和のテイストが存分に味わえる。高い天井には天窓が設けられ、壁面の窓とともに自然光がたっぷりと注ぎ込む。取材時は底冷えのする気候だったが、太陽の恩恵により明るく暖かな空間を満喫できた。

「塗装と左官はすべてS夫妻が自分たちで作業したんですよ」と教えてくれたのは、設計を担当した玉造清之さん。玉造さんが手掛けたガレージハウスは、これまでにも小誌で紹介したことがあるが、どれも施主自身が家造りに参加していることが特徴といえる。できるだけコストを抑えることが大きな目的なのだが、それよりも自邸に対する思い入れや愛着は、自らが手掛けるからこそ強くなるのだろう。事実、今回のS邸においても、壁面の塗装や左官作業を振り返るS夫妻はとても楽しそうだった。
 

至るところに和のテイストが感じられる居心地のいい空間

改めてW邸を外から観察すると、玄関へのアプローチは大きめの飛び石が敷かれている。玄関は10mほど奥まって設置されているから、玄関ドアに至るまでのプロセスは和の空間への期待を膨らませながら移動をする…というイメージなのだろう。玄関に向かう右手の壁面を見ると、直径30cmほどの真円の小窓が4つ設けられていて、ガレージの内部を覗き見ることができる。その見え方は「気配を感じる」という程度で、ここにも和の控えめな精神が垣間見られる。対照的にガレージ前は、前述のとおりヨーロッパの田舎道にあるような石畳が敷き詰められ、玄関アプローチとはまた違った趣。オーバースライダーを開け放ったときに感じた、ジャストフィットする愛車たちの様子は、こんなジオラマ的な造作がもたらしたものだ。

玄関へのアプローチで高められた和の空間への期待感は、一歩邸内に入った瞬間に確信に変わる。フロアレベルに設定された小窓からは中庭が見え、その奥には茶室をイメージした和室が設えられているのだ。

カーガイのWさんと車談義で盛り上がるうち、設計を依頼した田代さんとの面白いエピソードを伺った。「新聞広告で建築家のイベントがあることを知り、そこで田代さんと出会ったのです。お互い同い年で、学生時代は学校こそ違いましたが神田駿河台あたりで過ごしていたことで話が合い、車好きということでも意気投合しました。その後、1年間ぐらい一緒に酒を呑んだりスキーに行ったり…。私のライフスタイルをとことん知ってもらい、その後設計をしてもらうというプロセスを辿ったのです。もちろん、時間的な余裕が十分にあったからこそできたことなのですが、ファーストプランは一発OKだったことはいうまでもありません」とWさん。田代さんは、「一般的にクライアントは、本当に自分が欲している家を的確に言い表すことはできないものです。本当にクライアントが自分自身の家を表す適切な言葉が見つかるまで誘導し話し合います。Wさんの場合は共通の興味が多く、一緒に食事をしたりスキーに行ったりしながらじっくりとお話を伺いました。とても楽しい時間でした」。

なんと素敵なエピソードだろう。これまで数多くのガレージハウスを取材してきたが、これほど時間をかけて施主と建築家がコミュニケーションをとった例はない。Wさんのガレージライフが、思い描いていたとおりに実現できた背景を知り、少なからず感動を覚えた。
 

▲欧米の郊外にある瀟洒な邸宅…という印象のW邸。ウッディなオーバースライダーとガレージ前の石畳が、MGのスタイリングを魅力的に映す▲欧米の郊外にある瀟洒な邸宅…という印象のW邸。ウッディなオーバースライダーとガレージ前の石畳が、MGのスタイリングを魅力的に映す
▲ガレージの床とそれに続くリビングルームの床には、どちらも大谷石が用いられている。両スペースの一体感とともに不思議な温かみを感じさせている▲ガレージの床とそれに続くリビングルームの床には、どちらも大谷石が用いられている。両スペースの一体感とともに不思議な温かみを感じさせている
▲施主のWさんにとって、もっとも居心地のいい空間。薪ストーブを焚いてお気に入りのチェアに腰掛け、スコッチを舐めながら愛車を眺める…。まさに至福の時間なのだろう。階段上の吹き抜けからは、自然光が十分に注ぎ込む▲施主のWさんにとって、もっとも居心地のいい空間。薪ストーブを焚いてお気に入りのチェアに腰掛け、スコッチを舐めながら愛車を眺める…。まさに至福の時間なのだろう。階段上の吹き抜けからは、自然光が十分に注ぎ込む
▲2階のリビング&ダイニングルーム。アンティークな階段箪笥や障子から差し込む日光などが、和のテイストを盛り上げている▲2階のリビング&ダイニングルーム。アンティークな階段箪笥や障子から差し込む日光などが、和のテイストを盛り上げている
▲玄関アプローチの壁面には、ご覧のような真円の穴が設けられている。外部からガレージの中が覗き見える仕掛けだが、デザイン的にも秀逸。もちろん、ガレージ内部には明るい自然光が注ぐ▲玄関アプローチの壁面には、ご覧のような真円の穴が設けられている。外部からガレージの中が覗き見える仕掛けだが、デザイン的にも秀逸。もちろん、ガレージ内部には明るい自然光が注ぐ
▲ガレージ前は石畳が敷かれヨーロッパ風のイメージ。かたや玄関に向かうアプローチは、玄関ドアまでの距離を生かして飛び石をイメージしてデザインされている▲ガレージ前は石畳が敷かれヨーロッパ風のイメージ。かたや玄関に向かうアプローチは、玄関ドアまでの距離を生かして飛び石をイメージしてデザインされている

【穏やかな大人のガレージ】
■天然素材を使うことと、木サッシュを使うことで得られる開放感を大事にしている。1階の床は、ガレージもそれに続くリビングルームも大谷石を使い、一体感を出した。また、いくつかアンティーク家具を持っていたので、それを新築の家に馴染むようにデザイン。すでに成熟した住宅地だったため、外観的には周囲から浮かず、また埋没しないように考えた。また、和風の外観を理想としていたので、軒を深く出すデザインとなった。
■主要用途:専用住宅
■構造:木造
■敷地面積:152.04平米
■建築面積:75.98平米
■延床面積:144.00平米
■設計・監理:田代計画設計工房
■TEL:044-733-3105

text/菊谷聡 photo/大西 靖
 

※カーセンサーEDGE 2016年4月号(2016年2月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています